まとめ
- 神田真人前財務官が主催した懇談会は、財務省の見解をそのまま反映した報告書を作成し、労働市場の流動性を日本経済停滞の主因としていますが、議論の深さや間口の広さに問題がある。
- 報告書は、バブル崩壊後の日本経済の停滞を労働市場の流動性の低下に原因を求めているが、実際には金融政策の失敗や公共投資の不足が主要な要因である。
- 日本の公共投資は他のG7諸国と比較して著しく低下しており、これは経済成長を阻害する要因となっている。報告書はこの事実を無視し、労働市場の流動性を改善することで問題を解決しようとしており全く実効性に欠ける。
- 財務省の報告書は、財政健全化を理由に公共投資を抑制する論理を展開しているが、これは事実に基づかないものであり、経済成長を阻害する誤った政策である。
- 経済政策は、総需要の刺激、金融政策の適切な運用、財政政策の積極的な活用を通じて包括的に設計されるべきであり、懇談会の議論はこれを欠いているため、実効性に欠ける。
神田前財務官 |
神田真人前財務官が主催した「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」という懇談会は、国際収支の観点から日本経済の課題を洗い出し、その解決策を議論するために開催された。懇談会には、学者やエコノミストなど20人が参加し、非公開で議論が行われた。
懇談会の報告書では、日本経済の停滞の原因として「労働市場の流動性の低さ」が挙げられている。報告書は、既存の雇用や企業を守ることに重点を置いた支援策が長期間実施されてきたため、資本や労働が生産性の低い分野に固定され、賃金上昇や設備投資が停滞したと指摘している。
しかし、この見解は明らかな間違いである。日本の労働市場の流動性はもともと低く、バブル崩壊前後で経済成長率が変化したのは、労働市場の流動性ではなく他の要因が影響している。具体的には、バブル崩壊後の緊縮的な金融政策がマネー伸び率を低下させ、名目経済成長率を阻害したことが大きな要因である。
さらに、日本が他のG7諸国と比較して公共投資を怠ってきたことが経済停滞の一因である。G7諸国では公共投資と名目GDPに高い相関(0.9)が見られる一方で、日本だけがこの相関が見られない>
財務省の報告書は、こうしたマクロ経済の基本的な事実を無視し、労働市場の流動性を高めて海外からの投資を呼び込むことを提案している。しかし、現実には過小投資が問題なのであり、まずは国内投資の活発化を図るべきである。政府投資の不足が経済停滞の原因であるにもかかわらず、報告書はこれを認識していない]。
また、報告書は「財政健全化」を理由に公共投資を抑制する論理を展開しているが、これは事実に基づいていない。金利が上昇しても、資産サイドの金融資産運用利回りも上昇するため、財政状況は悪化しない。財務省の報告書のロジックが破綻しており、報告書に関与した学者やマスコミはこの点を反省すべきだ。
【私の論評】日本経済の停滞を招く公共投資の低下とマクロ経済政策の誤り
まとめ
- 懇談会の議論は、労働市場の流動性に過度に焦点を当て、マクロ経済学の基本原則を無視しており、総需要の不足や金融政策の不適切さといった重要な要因を見逃しています。
- 日本の長期的なデフレは、金融政策の不十分さに起因する部分が大きく、懇談会は金融政策の重要性を軽視しているため、経済成長を妨げる要因を正しく認識していません。
- 財政政策において、公共投資の削減は経済成長を阻害する誤った政策であり、特にインフラ投資や教育への投資が長期的な経済成長の基盤を強化する重要な手段です。
- 日本の公共投資の対GDP比は過去数十年で著しく低下しており、特に地方圏の公共投資が減少して地域経済の発展を阻害しています。
- 日本は自然災害が多い国であり、公共投資の削減は国土の安全性に悪影響を及ぼす可能性があるため、公共インフラの整備や維持は非常に重要です。
懇談会での議論は、マクロ経済学の基本的な原則を無視した議論は、経済政策の効果を誤解し、実効性のある解決策を提示していません。
マクロ経済学の基本原則の一つは、総需要と総供給の均衡を保つことです。経済が不況に陥るとき、総需要が不足していることが一般的な原因とされます。したがって、政府は財政政策や金融政策を通じて総需要を刺激する必要があります。
金融政策は、金利を調整することで経済活動を刺激または抑制する手段です。低金利政策は、消費や投資を促進し、経済成長を支える重要なツールです。バブル崩壊後の日本では、金融政策が十分に活用されなかったことがデフレを長引かせました。
財政政策は、政府支出を通じて経済を直接的に刺激する手段です。特に不況時には、公共投資を増やすことで失業率を低下させ、経済活動を活発化させることが求められます。財政赤字を恐れて公共投資を抑制することは、経済の停滞を長引かせるリスクがあります。
懇談会での議論は、労働市場の流動性に過度に焦点を当てており、マクロ経済学の基本原則を無視している点で批判されるべきです。労働市場の流動性は重要な要素ですが、それだけに依存することは問題です。経済停滞の原因を労働市場に限定することは、総需要の不足や金融政策の不適切さといった他の重要な要因を見逃すことになります。
日本の長期的なデフレは、金融政策の不十分さに起因する部分が大きいです。懇談会での議論が金融政策の重要性を軽視しており、経済成長を妨げる要因を正しく認識していません。財政赤字を理由に公共投資を抑制することは、経済成長を阻害する誤った政策です。マクロ経済学の観点からは、政府支出を増やすことで経済を活性化させることが求められます。特にインフラ投資や教育への投資は、長期的な経済成長の基盤を強化する重要な手段です。
さらに、日本の公共投資は地域間での偏りも指摘されています。特に、地方圏における公共投資が減少しており、これが地域経済の発展を阻害する要因となっています。この偏りは、公共投資が大都市圏に集中し、地方圏への投資が減少していることを示しています。公共投資の需要創出効果や経済活動の安定化機能が十分に発揮されていないとの指摘もあり、特に地方圏における産業基盤投資の効率性が低下していることが、公共投資の見直しを求める声につながっています。
また、日本は自然災害が多い国であり、欧米諸国と同水準の公共投資では、国土が荒廃する可能性が高いです。地震や台風などの自然災害に対する備えとして、公共インフラの整備や維持は非常に重要です。公共投資の削減は、災害対策の遅れや国土の荒廃を招く恐れがあり、長期的な国土の安全性や経済の安定性に悪影響を及ぼす可能性があります。
このように、日本の公共投資の低下は、経済成長を阻害するだけでなく、国土の安全性にも影響を及ぼす可能性があるため、その重要性を軽視することは、経済政策の方向性を誤る結果を招く可能性があります。懇談会がこの事実を無視していることは、政策提言の実効性を著しく損なっていると言えます。公共投資は、経済の基盤を強化し、長期的な成長を支える重要な要素であり、その役割を再評価することが求められています。
また、マネー伸び率と名目経済成長率の高い相関(相関係数0.9程度)が示すように、金融政策の適切な運用が経済成長に寄与することが明らかです。日本の経済停滞は、金融政策が十分に活用されなかったことに起因する部分が大きいと考えられます。
これらのエビデンスを踏まえると、懇談会での議論は、マクロ経済学の基本的な原則を無視しており、実効性のある政策提言を行うには不十分であると言えます。経済政策は、総需要の刺激、金融政策の適切な運用、財政政策の積極的な活用を通じて、包括的に設計されるべきです。
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