- ウクライナは史上初めて米国から液化天然ガス(LNG)を輸入し、ギリシャの再ガス化ターミナルを経由してパイプラインで輸送される。これにより、ロシア産ガス依存からの脱却が進められている。
- LNG輸送にはギリシャを起点とする「垂直回廊」が使用され、南から北への逆流輸送が可能なパイプライン網が地域のエネルギー供給を支える。年間輸送能力は改良工事により100億立方メートルに拡大予定。
- ウクライナ経由のロシア産ガス供給停止を見据え、モルドバは非常事態宣言を発令。垂直回廊はモルドバのエネルギー供給安定化に向けて重要な役割を果たす。
- EUはロシアからの天然ガス輸入を2023年に15%まで削減。アメリカやアゼルバイジャンからの供給多様化を進め、エネルギー安全保障を強化している。
- プーチン大統領のエネルギー政策は欧州の経済合理性と競争力の前に効果を失い、ロシアの国際的な孤立と影響力低下が進んでいる。
ギリシャのレヴィソーサLNGターミナルまでLNGを運んだとされる船 |
この垂直回廊の意義は、ウクライナに限らず、モルドバを含む地域全体のエネルギー安全保障においても大きな役割を果たす点である。モルドバでは、2025年1月1日に予定されているウクライナ経由のロシア産ガス供給停止を見据え、非常事態宣言が発令されている。ロシアが実質的に無償で供給してきたガスが止まることで、モルドバはエネルギー供給の大きな不安に直面している。この垂直回廊が完成すれば、モルドバへの安定供給が可能となり、地域全体のエネルギー依存構造が大きく変化することが期待されている。
一方で、ロシアの影響力は着実に低下している。かつてEU全体の天然ガス輸入量の約45%を占めていたロシアの供給量は、2023年には全体の15%にまで減少した。EUはロシア産ガスへの依存を完全に断ち切るべく、アメリカやアゼルバイジャン、カタールなど他国からの供給を多角化している。この変化は、エネルギー分野におけるロシアの戦略に大きな影響を与えており、ロシアのエネルギー収益に深刻な打撃を与えている。
ロシアは過去に「サウスストリーム」や「トルコストリーム」など新たなパイプラインを構築し、EU加盟国への影響力を維持しようと試みてきた。しかし、これらのプロジェクトは結果として限定的な成功にとどまった。特に「サウスストリーム」は技術的、規制的、経済的な課題に直面し、進展が停滞した。「トルコストリーム」は一部成功したものの、欧州のエネルギー多角化政策の前ではその影響力は限定的である。
プーチン大統領はエネルギー政策を通じた国際的な支配力を強化しようとしたが、その試みは欧州の経済合理性と競争力の前に敗北を喫している。プーチン氏のエネルギー戦略は、ロシアの国際的な孤立を深める結果を招き、かつての影響力を失わせるものとなっている。加えて、EUは再生可能エネルギーの導入を推進しつつ、LNGなど他のエネルギー供給源を確保することで、ロシア産ガスへの依存度を大幅に減少させている。この動きは、単にエネルギー供給の多角化を目指すだけでなく、ロシアの経済的基盤を揺るがす効果を生んでいる。
今回のアメリカ産LNGの供給は、EUのエネルギー安全保障における新たな基盤を形成する一歩である。ギリシャのLNGターミナルはその中心的役割を果たしており、ブルガリア、ルーマニアを経由してハンガリーやスロバキア、さらにはモルドバやウクライナへと広がるネットワークが構築されている。このネットワークは、EUのエネルギー安全保障を強化するだけでなく、地政学的に重要な地域の安定にも寄与するものである。
また、ロシアが過去に構築した「バルカン横断パイプライン」の逆流計画も注目に値する。このパイプラインはソ連時代に構築され、当時はソ連からのガス供給を目的としていたが、現在は南から北、または東へ逆流させる形で活用されている。この逆流計画はEUの資金援助を受けながら進行しており、将来的にはモルドバやウクライナへの安定供給を実現する重要な役割を果たすと期待されている。
このように、アメリカ産LNGを中心とした新たなエネルギー供給体制の構築は、ロシアの影響力を削ぎ、欧州諸国のエネルギー安全保障を強化するだけでなく、ウクライナやモルドバといった国々に安定したエネルギー供給を提供するものである。これらの動きは、ウクライナがロシアからのエネルギー依存を断ち切り、西側との協力関係を深化させる中で、地域全体に新たな秩序をもたらすものである。
- ウクライナがロシアからの天然ガスの供給を止め、アメリカからの液化天然ガス(LNG)を受け入れることで、ロシアの影響力を削減。
- ロシアの国家予算の約40%が天然ガスと石油の輸出からの収入に依存しており、ウクライナ経由での供給停止により、年間で約65億ドルの直接的な損失が見込まれる。
- EUはロシアからのエネルギー供給を減少させる計画を進めており、2030年までに完全に排除する目標を掲げている。
- トルコは中東の天然ガスをEUに供給する中継地として重要な役割を果たし、ロシアへの依存度を低下させる。
- 日本もLNGの輸入先を多様化しており、これによりロシアからの供給リスクを軽減し、国際的なエネルギー市場におけるロシアの影響力を削ぐ要因となっている。
国際的なエネルギー供給の大転換に悩むプーチン AI生成画像 |
ロシアの天然ガスにEUとウクライナからノーを突きつけられたプーチン AI生成画 |
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