2024年7月9日火曜日

<主張>日比2プラス2 新協定で対中抑止強化を―【私の論評】日比円滑化協定(RAA)の画期的意義:安倍外交の遺産と日本の新たな安全保障戦略

<主張>日比2プラス2 新協定で対中抑止強化を

まとめ
  • 日本とフィリピンが外務・防衛閣僚協議(2プラス2)を開催し、「円滑化協定(RAA)」を締結。これにより両国の防衛協力が強化され、自衛隊とフィリピン軍の相互運用性が向上。
  • 両国は中国の南シナ海での行動に懸念を表明し、力による現状変更に反対。台湾海峡の平和と安定の重要性も確認され、地理的に重要な位置にある両国の安全保障協力の意義を強調。
  • この協力強化は、中国に対する抑止力を高め、自由で開かれたインド太平洋の実現を目指すもの。日本にとってはフィリピンとの準同盟関係構築や重要な海上交通路の確保という国益にも合致。
(左から)木原稔防衛相、上川陽子外相、フィリピンのエンリケ・マナロ外相、ジルベルト・テオドロ・ジュニア国防長官

 上川陽子外相と木原稔防衛相がマニラを訪問し、2プラス2を開催しました[。この会議で、両国は自衛隊とフィリピン軍の相互運用性促進など、防衛・安全保障協力の強化で合意しました。

 重要な成果として、自衛隊とフィリピン軍の相互往来を容易にする「円滑化協定(RAA)」が署名されました。これにより、両国軍の共同演習や災害救助活動がスムーズに実施できるようになります。

 会議では、中国を念頭に置いた議論も行われ、南シナ海のアユンギン礁周辺での中国の行動に深刻な懸念が表明されました。両国は力による一方的な現状変更の試みに強く反対する立場を示しました。

 さらに、台湾海峡の平和と安定の重要性が確認され、日本とフィリピンの地理的重要性が強調されました。両国は第一列島線を構成し、台湾を挟む位置にあることから、安全保障上の協力が重要視されています。

 この協力強化は、中国に対する抑止力を高め、自由で開かれたインド太平洋の実現を目指すものとされています[4]。日本にとっては、フィリピンとの準同盟関係の構築や、重要な海上交通路の確保という国益にもつながります。

 この文章は、元記事の要約です。詳細は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】日比円滑化協定(RAA)の画期的意義:安倍外交の遺産と日本の新たな安全保障戦略

まとめ
  • 円滑化協定(RAA)は日本とフィリピンの戦略的パートナーシップを強化し、両国軍の相互訪問手続きを簡略化する画期的な協定である。
  • RAAは日本にとって3カ国目の締結国となり、フィリピンとの関係を「準同盟」級へ格上げする重要なステップである。
  • この協定は中国の海洋進出に対抗し、日米比の安全保障面での連携強化を可能にする。
  • 安倍元首相の「地球儀を俯瞰する外交」や「インド太平洋戦略」の継続性を示し、彼の外交ビジョンが日本の外交政策に深く根付いていることを表している。
  • RAAは安倍外交の遺産を体現し、日本の国益を守りつつ地域の平和と安定に貢献する理念を実践するものである。
木原防衛大臣

木原防衛大臣が円滑化協定(RAA)を「画期的」と評価していました。その理由は、この協定が日本とフィリピンの戦略的パートナーシップを大幅に強化するからです。

RAAにより、自衛隊とフィリピン軍が共同訓練などで相互に訪問する際の手続きが簡略化され、入国のためのビザ取得や武器弾薬の持ち込み手続きが容易になります。さらに、この協定は日本がフィリピンとの関係を「準同盟」級へと格上げする重要なステップとなり、日本にとってオーストラリア、イギリスに続く3カ国目のRAA締結国となります。

また、東シナ海や南シナ海で海洋進出を強める中国に対抗するため、日本は米国とともにフィリピンとの安全保障面での連携を強化できます。

加えて、RAAを基盤として、日本とフィリピンの二国間だけでなく、米国や豪州を交えた重層的な協力関係の構築が可能になります。これらの要因により、木原防衛大臣はRAAを日比関係の新たな段階を象徴する重要な協定として位置づけ、「画期的」と評価したのです。

故安倍晋三元首相の三回忌に日本とフィリピンの間で円滑化協定(RAA)が締結されたことは、安倍氏の先見性と外交政策の継続性を示す極めて意義深い出来事です。


安倍元首相は「地球儀を俯瞰する外交」「自由で開かれたインド太平洋」構想、そして「安全保障のダイヤモンド」構想を通じて、日本の国際的地位向上と地域の安定に大きく貢献しました。これらの戦略は、世界秩序と日本国内の政治的風景を根本的に変革しました。

特筆すべきは、安倍元首相の外交ビジョンが、自民党内の親中派やリベラル派の存在にもかかわらず、中国共産党に対峙する姿勢を日本の外交政策の主流に据えたことです。この転換は、もはや後戻りが困難なほど日本の外交・安全保障政策に深く根付いています。

今回の円滑化協定は、このような安倍外交の遺産が現在も生き続けていることを如実に示しています。協定は、インド太平洋地域の安定と平和への貢献、中国の海洋進出に対する抑止力の強化、同盟国・友好国とのネットワーク拡大という安倍外交の核心的要素を全て包含しています。

自衛隊とフィリピン軍の相互運用性の向上や共同訓練の拡充は、安倍元首相が推進してきた積極的平和主義の実践そのものであり、「インド太平洋戦略」の具現化と言えます。

安倍元首相の三回忌にこの協定が締結されたことは、彼の外交ビジョンの先見性と重要性を改めて世界に示す機会となりました。安倍氏が築いた外交の基盤が、彼の退任後も、さらには彼の死後も日本の外交政策の指針として機能し続けていることは、極めて称賛に値します。

長門市油谷新別名の安倍家菩提(ぼだい)寺の長安寺で行われた安倍晋三元首相三回忌の法要

この協定は、安倍元首相の遺志を継ぎ、日本の国益を守りつつ地域の平和と安定に貢献するという彼の理念を体現するものです。安倍氏の先見性と努力なくしては、今日の日本の外交的地位と影響力、そして中国に対する明確な対峙姿勢は存在し得なかったでしょう。

故安倍元首相の俯瞰外交の理念と方針は、この円滑化協定を通じて今なお実現され続けており、彼の政治的遺産は日本の外交政策に深く根付いていると評価できます。安倍外交が築いた新たな日本の立ち位置は、今や日本の外交・安全保障政策の不可逆的な基盤となっているのです。

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2024年7月8日月曜日

立民、勢いに冷や水 共産との共闘に不満―都知事選―【私の論評】2024東京都知事選の衝撃:野党連携の限界と新たな政治勢力の台頭

立民、勢いに冷や水 共産との共闘に不満―都知事選

まとめ
  • 立憲民主党は東京都知事選で蓮舫氏が敗北し、最近の勢いに水を差された。党は次期衆院選に向けて敗因分析を急ぐ。
  • 蓮舫氏は「オール東京」を掲げたが、実質的には立憲民主党と共産党の協力体制だった。この戦略が無党派層への訴求力不足につながった可能性がある。
  • 党内では敗北を受けて「裏金批判だけでは不十分」という声や、共産党との協力に対する不満が出ており、今後の戦略見直しが必要とされている。


 立憲民主党は東京都知事選で支援した蓮舫氏が敗北し、最近の勢いに水を差される結果となった。党は次期衆院選に向けて敗因分析を急ぐ方針である。

 蓮舫氏は無所属の石丸伸二氏にも敗れ、立憲民主党にとって衝撃的な結果となった。党は4月の衆院3補欠選挙全勝や5月の静岡県知事選での勝利を受け、都知事選でさらなる弾みをつける計画だったが、失敗に終わった。

 党内では「失敗だった」「裏金批判だけでは駄目だ」といった声が上がっている。蓮舫氏は「オール東京」を掲げて党派色を抑える戦術を取ったが、実質的には立憲民主党都連と共産党の協力体制だった。

 この結果を受け、立憲民主党内では共産党との協力に対する不満や、無党派層への訴求力不足を指摘する声が出ている。党は今後、敗因を詳細に分析し、次の選挙に向けて戦略を見直す必要に迫られている。

 この記事は元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】2024東京都知事選の衝撃:野党連携の限界と新たな政治勢力の台頭

まとめ
  • 立憲民主党と共産党の選挙協力は、一部の選挙で成果を上げたが、一貫した結果をもたらしていない。
  • 2021年衆院選と2024年東京都知事選での敗北を受け、立憲民主党は選挙協力戦略の見直しを検討している。
  • 蓮舫氏の東京都知事選での大敗は、次期衆院選での立候補計画に影響を与える可能性がある。
  • 2024年東京都知事選の結果は自民党に有利な状況をもたらしたが、無所属候補の台頭は既存政党への不満を示唆している。
  • 石丸伸二氏の政治手法や政策提案には多くの懸念事項があり、特に保守派から警戒されている。


立憲民主党と共産党の選挙協力について、過去5年間の事例を掲載させていただきます。

勝利した事例:
1. 2021年4月の衆院3補欠選挙: 立憲民主党は全勝を果たし、共産党との協力が一定の成果を上げたとされています。

2. 2022年7月の参議院選挙: 一部の1人区で野党統一候補を擁立し、勝利を収めた選挙区がありました。

3. 2023年10月の衆参2補欠選挙: 野党候補が一本化された結果、参院徳島・高知選挙区では勝利し、衆院長崎でも接戦に持ち込みました。
敗北した事例:
1. 2019年参議院選挙: 一部の1人区で候補者を一本化しましたが、32の1人区のうち10区でしか勝利できませんでした。

2. 2021年10月の衆院選: 立憲民主党と共産党は選挙協力を行いましたが、立憲民主党は議席を減らし、想定した結果を得られませんでした。

3. 2024年7月の東京都知事選: 立憲民主党と共産党が支援した蓮舫氏が3位に終わり、大敗を喫しました。
これらの事例から、立憲民主党と共産党の選挙協力は必ずしも一貫した結果をもたらしていないことがわかります。特に2021年の衆院選と2024年の東京都知事選では、協力体制が逆効果となった可能性が指摘されています。

2021年衆院選の総括では、立憲民主党は選挙協力について「選挙戦における全体的な戦略の見直しを図る」と結論づけ、小選挙区の野党候補一本化について「想定した結果は伴わなかった」と評価しています。

これらの結果を受けて、立憲民主党は選挙協力の戦略を見直す必要性を認識し、今後はより慎重に対応する方針を示しています。選挙協力の効果と課題について党内で継続的な議論と見直しが行われていることが伺えます。

蓮舫氏は2024年東京都知事選で3位となり、小池百合子氏や石丸伸二氏に大差をつけられる結果となりました。当初は敗北しても次期衆院選への出馬を予定していましたが、今回の大敗により、その計画が変更される可能性が出てきています。

一部では蓮舫氏の政治生命が絶たれたとする見方もありますが、知名度の高さなどを考慮すると、即座に政界引退を意味するとは限りません。今後の展開は、蓮舫氏本人の行動や立憲民主党の判断、そして有権者の反応次第であり、政治家としての再起の可能性も残されています。

ただし、党の看板候補としての期待に応えられなかったことは事実であり、次期衆院選での候補者擁立計画にも影響を与える可能性があります。

2024年東京都知事選の結果は、自民党にとって概ね好ましいものでした。自民党出身の小池百合子氏が圧倒的な得票差で再選を果たし、立憲民主党が支援した蓮舫氏が3位に終わったことで、野党の勢いに水を差す形となりました。

自民党は小池氏への公式な推薦を控えることで「政治とカネ」の問題など党への批判を回避しつつ、実質的な勝利を得ることができました。この結果は次期衆議院選挙に向けて自民党に有利な状況を作り出し、与党の優位性を示すことになりました。ただし、無所属の石丸伸二氏が2位となったことは、既存政党への不満も示唆しており、自民党としてもこの点は注視する必要があるでしょう。


今回、蓮舫氏を追い越し得票数が第二位となった石丸伸二氏についても、問題があり、特に保守派から懸念されています。

石丸伸二氏に対する具体的な懸念事項について、詳しく説明いたします。

安芸高田市長時代の石丸氏の実績については、目立った成果が乏しいという批判があります。特に、公約として掲げた人口増加や財政改善などの目標が達成されず、その糸口さえ見出すことができなかったことが指摘されています。

選挙ポスターの経費未払い問題については、2019年の安芸高田市長選挙時に遡ります。石丸氏は当時、ポスター制作会社に対して約180万円の支払いを行わなかったとされています。この未払い問題は、選挙後に表面化し、政治家としての信頼性や財務管理能力に疑問を投げかける結果となりました。石丸氏は当初、支払いの遅延を認めつつも、最終的には支払いを行ったと主張しましたが、この説明の過程で複数の矛盾した発言があったとされ、さらなる批判を招きました。

議会との関係においては、対立姿勢が顕著でした。石丸伸二氏と議会との関係において、いくつかの重大な軋轢が生じました。特に注目すべきは、石丸氏が市議会議員から脅迫を受けたと公の場で発言した事例です。

この主張は後の調査で事実ではないことが判明し、市政の信頼性を大きく損ない、議会との対立を深刻化させました。また、財政状況や観光政策に関する発言でも、実際の数字と大きく異なる誇張した情報を提供し、議会から強い批判を受けました。

これらの事例は、石丸氏の政治手法や情報管理能力に対する懸念を深め、議会との信頼関係構築を困難にする要因となりました。特に虚偽の脅迫発言は、市長と議会の関係を著しく悪化させ、市政運営に大きな支障をきたす結果となりました。

デイリー新潮の記事によると、石丸伸二氏はドトールコーヒーの創業者である鳥羽博道氏から1億5000万円を借り入れたとされています。この借入は2023年7月の参院選広島再選挙の際に行われ、石丸氏は個人的な借入だと主張していますが、選挙事務所関係者は選挙資金として借りたことを認めています。

ドトール珈琲の店舗の前で選挙演説をする石丸伸二氏

鳥羽氏は石丸氏の政治活動に共感し支援を行ったとされますが、この借入が政治資金規正法に抵触する可能性が指摘されています。石丸氏は借入の事実を認めつつも、使途については詳細な説明を避けており、選挙資金の透明性や法令遵守に関する疑義が提起されています。この問題については、さらなる調査や公的機関による確認が必要とされています。

限界集落対策として外資の活用を提案したことは、日本の農村や地域社会の伝統的な価値観を脅かす可能性があるとして懸念されています。外国資本による土地買収や文化の変容などのリスクが指摘されており、地域のアイデンティティ保持の観点から批判が出ています。

石丸氏が提案する政策の多くは、実現可能性に乏しいとの批判があります。特に、財源の裏付けが不明確な政策や、既存の法制度との整合性が取れていない提案が多いとされています。これらは、現実的な政策立案能力への疑問につながっています。

最後に、石丸氏の政治手法については、過度に挑発的な発言や行動が目立つとの指摘があります。このような姿勢は、建設的な政治対話を妨げ、政治の場を混乱させる可能性があるとして警戒されています。特に、複雑な問題に対して単純化された解決策を提示する傾向が、政策の深い議論を阻害する恐れがあるとの懸念が示されています。

これらの要因が複合的に作用し、石丸氏に対する警戒感が高まっているのが現状です。

2024年東京都知事選の結果は、日本の政治に新たな課題を投げかけました。小池百合子氏の圧勝は現職の強さを示す一方、石丸伸二氏の2位は既存政党への不満を反映しています。蓮舫氏の3位は野党連携戦略の再考を促しました。

この選挙は、有権者の変化を求める声と、政治家の資質や政策の実現可能性への厳しい有権者の視線を浮き彫りにしました。各政党は次期衆院選に向けて戦略の見直しを迫られ、特に野党は信頼回復が急務となっています。

今後の日本政治は、既存政党の改革と新たな政治勢力の台頭、そして変化する有権者の期待にどう応えるかが焦点となるでしょう。政治家には高い倫理観と実行力、そして国民の声に真摯に耳を傾ける姿勢が求められています。

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2024年7月7日日曜日

<正論>「太平洋戦争」か「大東亜戦争」か―【私の論評】大東亜戦争vs太平洋戦争:日本の歴史認識と呼称の重要性を探る

<正論>「太平洋戦争」か「大東亜戦争」か 

東京大学名誉教授・平川祐弘

まとめ
  • 戦時中の日本政府は「大東亜戦争」の呼称を公式採用したが、戦後の占領軍による「太平洋戦争」呼称が強制されるようになった
  • 「太平洋戦争」と「大東亜戦争」両面の存在しているし、 地理的にも太平洋以外での戦闘(ビルマ、マレー、インド洋など)
  • 特定の立場に偏らない見方が重要であり、日本の軍部には責任はあるものの、東京裁判や原爆投下により立場が逆転した面は否めない
  • 当時の日本は「反帝国主義的帝国主義」と位置づけることができ、デモクラシー対ファシズムという単純な図式の批判はすべきでない
  • 皇室のインドネシア訪問では、脱植民地のためインドネシア将兵と共に戦って戦死した日本人将兵の墓に参られ、「大東亜戦争」の側面の公的認知され再評価されている
東京大学名誉教授・平川祐弘氏

 昭和期の戦争の呼称について、「太平洋戦争」と「大東亜戦争」という二つの名称をめぐる議論が続いている。戦時中の1941年12月12日、日本政府は閣議で「大東亜戦争」を公式名称として採用した。しかし、戦後、占領軍によって「大東亜戦争」の使用が禁止され、「太平洋戦争」の使用が強制された。

 筆者は、この戦争には「太平洋戦争」と「大東亜戦争」の両面があり、単一の呼称では全体を捉えきれないと考えている。例えば、日本が英国と戦ったビルマやマレー、インド洋などの戦場は地理的に太平洋とは呼べない。戦争の呼称は単なる言葉の問題ではなく、政治的意味合いを持ち、歴史認識に大きな影響を与える。

 筆者は、特定の国や立場に偏ることなく、複眼的な歴史観を持つことの重要性であると考える。東京裁判については「勝者の裁判」であるが、同時に日本軍部の責任もある。特に、原爆投下に関しては重大であり、これによって戦争の善悪の立場が逆転したといえる。

 戦後の歴史認識については、デモクラシー対ファシズムという単純な図式ですませられるものではなく、日本を「反帝国主義的帝国主義」の国と位置づけられる。また、「慰安婦」問題や日本軍の残虐行為に関する主張の中には誇張がある。

 最近の動向として、天皇皇后両陛下のインドネシア訪問を例に挙げ、日本の脱植民地化への貢献が公的にも認知されつつある。これは、戦後長く抑圧されてきた「大東亜戦争」の側面が再評価されているといえる。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】大東亜戦争vs太平洋戦争:日本の歴史認識と呼称の重要性を探る

まとめ
  • 米国では1846-1848年のメキシコ・アメリカ戦争を「太平洋戦争」と呼んでいた歴史がある。
  • 戦後、日本に「太平洋戦争」という呼称が強制された背景には、「大東亜戦争」の正当化を避け、国際的認識との整合性を図る意図があった。
  • 「大東亜戦争」という呼称は、日本の戦争目的や理念、アジアにおける日本の役割を反映している。
  • 米国の保守派は、自国の歴史を自国の視点から捉えることの重要性を強調し、日本の文脈では「大東亜戦争」呼称の使用を支持する可能性がある。
  • 日本独自の歴史観を保持することは国民の歴史理解と誇りの醸成につながるため、「大東亜戦争」という呼称を用いるべき

米国の歴史には、通常「太平洋戦争」と呼ばれる第二次世界大戦中の日米戦争とは別に、もう一つの「太平洋戦争」が存在します。これは1846年から1848年にかけて行われたメキシコ・アメリカ戦争を指します。

この戦争は、アメリカ合衆国とメキシコ合衆国の間で行われ、テキサス併合や西部への領土拡張を巡る両国の対立が主な原因でした。1846年5月に始まり、1848年2月まで続いたこの戦争は、アメリカの勝利に終わりました。その結果、グアダルーペ・イダルゴ条約が締結され、アメリカはカリフォルニアやニューメキシコなど、現在の南西部の大部分を獲得することとなりました。


この戦争は「メキシコ・アメリカ戦争」や「米墨戦争」とも呼ばれますが、当時のアメリカでは「太平洋戦争」という呼称も使用されました。これは、カリフォルニアなど太平洋沿岸地域の獲得を目指した戦争だったためです。

この19世紀の「太平洋戦争」は、アメリカの領土拡張政策(マニフェスト・デスティニー)の一環として行われ、アメリカの国土を大きく拡大させる結果となりました。しかし、現代の米国では第二次世界大戦中の日米戦争を指して「太平洋戦争」と呼ぶことが一般的となっているため、この19世紀の戦争を「太平洋戦争」と呼ぶことは稀になっています。

では、なぜ米国には過去に「太平洋戦争」という呼称があったにもかかわらず、日本に「太平洋戦争」という呼称を強制したのでしょうか。

「太平洋戦争」という呼称が日本に強制された背景には、複数の要因が絡み合っています。まず、「大東亜戦争」という呼称には日本の侵略戦争を正当化する意味合いがあると捉えられたため、より中立的な立場を取るために「太平洋戦争」という呼称が選ばれました。これは同時に、日本の戦争責任を明確にし、侵略戦争の正当化を防ぐ意図もあったと考えられます。

また、「太平洋戦争」(Pacific War)は英語圏で広く使用されていた呼称であり、国際的な認識との整合性を図る意図もあったでしょう。さらに、戦前の公式名称とは異なる呼称を使用させることで、過去との断絶を図り、新たな歴史認識を促そうとした可能性も指摘できます。


直接的な要因としては、連合国軍総司令部(GHQ)が「大東亜戦争」の使用を禁止したことが挙げられます。これにより、「太平洋戦争」という呼称が日本で主流となりました。

これらの複合的な要因により、戦後の日本において「太平洋戦争」という呼称が強制され、広く使用されるようになったのです。この呼称の変更は、単なる言葉の問題ではなく、戦後の日本の歴史認識や国際関係に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

「大東亜戦争」という呼称は、上の記事にもあるように、当時の日本政府が1941年12月に閣議決定したものです。この名称には、日本の戦争目的や理念が反映されています。

当時の日本政府の立場からすれば、この戦争は西洋列強の植民地支配からアジアを解放し、「大東亜共栄圏」を建設するための戦いでした。日本は、アジアの盟主として、欧米列強の支配から東アジアと東南アジアを解放し、アジア諸国との協力関係を築くことを目指していました。

この観点からすれば、「大東亜戦争」という呼称は、日本の行動の正当性を主張し、その目的を明確に表現するものでした。日本は、単なる領土拡張や資源獲得のためだけでなく、アジアの解放と繁栄という大義のために戦っているという認識がありました。

実際、日本の進出によって、東南アジアやインドの独立運動が刺激され、戦後の脱植民地化の流れにつながったという側面もあります。例えば、インドネシアやベトナムの独立運動指導者たちが、日本の支援を受けて活動を展開したことは歴史的事実です。

「大東亜戦争」という呼称を使用することは、このような日本の戦争目的や理念、そしてアジアにおける日本の役割を強調する意味合いがあります。それは同時に、日本の行動を単なる侵略や拡張主義として捉えるのではなく、より複雑な歴史的文脈の中で理解しようとする試みでもあります。

米国草の根保守の重鎮であった故フィリス・シュラフリー女史のような保守派の歴史観では、自国の歴史を自国の視点から捉え、表現することの重要性が強調されます。シュラフリー女史は、米国の伝統的価値観や国家主権を重視し、グローバリズムや国際主義に批判的でした。この観点を日本の文脈に適用すると、「大東亜戦争」という呼称を用いることは、日本の国家主権と歴史的視点を尊重する行為と解釈できます。

米国草の根保守の重鎮であった故フィリス・シュラフリー女史

「太平洋戦争」史観とも呼ぶべき、この歴史観は、終戦直後の民主党政権によるリベラル的な歴史観であり、米保守派とのそれとは異なります。

実際、米国の草の根保守を牽引してきた米国の「保守のチャンピョン」ともいえる、フィリス・シュラフリー女史は、「ルーズベルトが全体主義のソ連と組んだのがそもそも間違いだ、さらにルーズベルトはソ連と対峙していた日本と戦争をしたことが大きな間違いだ」としています。さらに、女史はなくなる直前には、「全体主義のソ連と組んだために、今日米国は中国や北朝鮮の核の脅威を被っている」と語りました。

かつて日本を占領したマッカーサー元帥は、朝鮮戦争に赴き、現地を調査した結果「当時の日本はソ連と対峙するため朝鮮半島と満州を自らの版図としたのであり、これは侵略ではない。彼らの戦争は防衛戦争だった」との趣旨の証言を後に公聴会で証言しています。

自国の歴史を自国の視点から捉え、表現することは、国家のアイデンティティと歴史認識を維持する上で重要です。それと同時の軍部の考えとは、別ものです。私自身は、この軍部の間違えは、もっと非難されるべきであり、それこそ当時の日本の大義に反する行動をとったということで、指弾されるべきと考えます。

中国大陸にこだわり続けた関東軍、米軍とは一線を画し太平洋の小さな島嶼まで、ことごとく占領した海軍の戦略など理解に苦しみます。

私自身、なぜ軍部が大陸で中国と対峙しつづけたのか、本当に疑問です。そんなことよりも、ソ連との対峙にエネルギーを費やすべきだったと思っています。しかし、もし当時日本が満州で踏ん張っていなければ、現在の中国もソ連の版図に含まれることになった可能性すらあると思います。現在は、中国も朝鮮半島もロシアの一部になっていた可能性があります。

他国の視点や解釈に過度に影響されることなく、日本独自の歴史観を保持することは、国民の歴史理解と誇りの醸成につながります。これは、戦後の占領政策や国際的な歴史認識の影響を受けつつも、日本の立場や経験を適切に反映させた歴史観を構築することを意味します。その観点から、日本は「大東亜戦争」という呼称を用いるべきです。

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2024年7月6日土曜日

産業ロボットの最新技術を紹介 人手不足の解決が期待できるロボットを展示 愛知―【私の論評】人手不足時代の日本戦略:AI活用と生涯学習で実現する持続可能な社会

産業ロボットの最新技術を紹介 人手不足の解決が期待できるロボットを展示 愛知


 産業ロボットの最新技術を紹介する国内最大級のイベントが愛知県常滑市で始まりました。 

 「ロボットテクノロジージャパン2024」には、244社の企業や団体が参加していて、自社の技術やアイデアをアピールしています。 

  近年製造業や物流の現場では人手不足の問題から急速に自動化が広がっています。

  会場には、運ぶ荷物をセンサーで認識して自動運転で動くリフトなど人手不足の解決が期待できるロボットが多く展示されています。

  また、ロボットと人が射的で対決するゲームや、スマホでロボットを操作するクレーンゲームなど産業用ロボットを身近に感じることができる体験ゾーンもあり、一般の人も気軽に楽しむことができます。 

 イベントは6日まで開かれます。

【私の論評】人手不足時代の日本戦略:AI活用と生涯学習で実現する持続可能な社会

まとめ
  • タクシー会社の倒産やバスの減便など、実際に人手不足の深刻な影響が顕在化している。
  • 日本以外のかつて少子化対策に成功した先進国等でも出生率が低下しており、日本の対策も十分な効果は期待できない。
  • 少子化に耐えられる社会構築のため、自動化や省力化が不可欠であり、AI・ロボット化を強力に推進すべきである。
  • ドラッカーの提唱する知識社会に突入したとみられる日本においては、就労者の学び直しや新たな学びの機会が必要。
  • サバティカル休暇制度など、従業員の学習や自己啓発を支援する仕組みを導入して柔軟な労働環境の整備をすべきである。
人手不足は深刻化しており、私がそれを実感したのは、長年利用していたタクシー会社が昨年3月に倒産したことでした。その影響で、一時期駅前に夜遅くタクシーが止まっていない状況が続きました。


しかし、2ヶ月ほどで状況は改善し、倒産した会社の元運転手が別の地元タクシー会社に再就職したことで、サービスが復活しました。

全国的にはタクシーやバスの運転手不足は依然として深刻で、地元でもバスの便数が減少しています。この問題は簡単には解消されそうにありません。出生率の高さで知られるフランスやイスラエル、北欧諸国でさえ出生率が低下しており、日本の「異次元の少子化対策」も十分な効果を期待できない状況です。

この状況に対応するには、少子化に耐えられる社会を構築する必要があります。それには、以前このブログにも述べたように、AIやロボット化の推進が不可欠でしょう。

少子化に耐えられる社会を構築にするには、AI化、ロボット化の推進が不可欠

人手不足の背景には、労働力の不足だけでなく、求職者と仕事内容のミスマッチや税制の問題など複合的な要因があります。機械ができる仕事は機械に任せ、人間にしかできない仕事に人材を集中させるべきです。産官学金融の協力で自動化や省力化の研究開発を推進し、産業の効率性を高めながら持続可能な社会を目指すべきです。

安易な移民や外国人労働者の受け入れには反対です。多数の移民を受け入れた国々では、社会統合の問題や文化的摩擦が生じており、米国やEUでは保守的な政党の躍進をもたらしています。代わりに、教育機関の充実や人材の再教育に投資し、自国民の労働力シフトを促すべきです。

日本の産休制度は充実していますが、ワーキングマザーと子どものいない従業員との間に不公平感が生じています。この問題解決のため、全従業員が定期的に長期休暇を取れる「サバティカル休暇」制度の導入が効果的です。この制度を導入した企業では、社内の雰囲気が改善され、若手の離職率も低下したという報告があります。

ピーター・ドラッカーは、知識社会において就労者が継続的に学び直す機会を持つ社会の重要性を提唱しました。彼は、大学や大学院などの高等教育機関で、就労者が最新の知識やスキルを習得することが、個人のキャリア開発と組織の競争力強化に不可欠だと考えました。この考えは「リカレント教育」や「リスキリング」の概念につながっています。

経営学の大家ドラッカー

ドラッカーの提案は、若い世代だけでなく中高年の就労者にも学び直しの機会を提供することを含んでいます。これは、長期的なキャリアプランニングの中で定期的な学習が重要な役割を果たすという考えに基づいています。

私たちは、働きながら大学や大学院で学ぶ機会を得られる社会を目指すべきです。社会経験を積んだ人々の学びは、従来の学生とは異なる視点や動機を持ち、より豊かな社会につながると信じます。特に、これまで高等教育の機会を得られなかった人々にとって、この制度は大きな意味を持つでしょう。

このような社会システムの構築は、日本の人手不足や生産性低下の課題に対応しつつ、知識社会における競争力を維持・向上させることができます。企業は従業員の学習を投資として捉え、継続的な教育を奨励する文化を醸成する必要があります。同時に、サバティカル休暇制度などを導入し、従業員が学習や自己啓発に時間を割ける柔軟な労働環境を整備することも重要です。

また、大学と企業の連携を深め、実務に即した教育プログラムを開発することで、より効果的な学びの機会を創出できるでしょう。これは、産学連携の新たな形として、イノベーションの源泉となる可能性も秘めています。

生涯学習と成長を支援する仕組みは、社会全体の価値観や制度の変革を必要とする大きな挑戦です。しかし、これは単なる教育改革にとどまらず、長期的には日本の競争力と社会の豊かさにつながる重要な投資となるでしょう。少子化や人手不足を克服した後の社会では、このような制度の導入がより容易になると考えられます。

最終的に、このような社会システムは、個人の成長と社会全体の知的資本の向上に寄与し、日本が知識社会において成功を収めるための基盤となるでしょう。

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2024年7月5日金曜日

【中露からの供給依存対策】アメリカが考えるサプライチェーン適切化の野望と決定的な限界点―【私の論評】米国商務省の革新的サプライチェーン分析ツール:グローバル経済の未来を左右する戦略的イノベーション

【中露からの供給依存対策】アメリカが考えるサプライチェーン適切化の野望と決定的な限界点

まとめ
  • 米国商務省が新たなサプライチェーン分析ツールを開発し、同盟国との協力のもと、重要産業分野における供給網のリスクと機会を特定しようとしている。
  • このツールは、従来の自由貿易の考え方に挑戦し、経済的威嚇などの新たなリスクに対応するためのフレンド・ショアリング(同盟国との協力)を促進することを目指している。
  • 米国内では超党派の支持を得ており、関連法案も可決されているが、データの更新速度や企業の機密情報取得など、ツールの実効性に関する課題も存在する。
  • この取り組みは、経済的合理性と国家安全保障のバランス、調達コストの上昇による国民生活への影響など、新たな経済的・政治的課題を提起している。
  • 同盟国以外の国々のデータ不足により、経済的威嚇を仕掛ける側の国々に対する効果的な対抗措置を講じることが難しいという限界も指摘されている。
民間企業におけるサプライチェーン分析ツールの事例

 米国商務省が最近立ち上げたサプライチェーン分析ツールは、グローバルな供給網の実態把握と強靭化を目指す画期的な取り組みです。この新しいツールは、商務省が民間セクターと協力して設立した供給網センターの一環として開発されました。その主な目的は、米国と同盟国の貿易や関税データを詳細に解析し、サプライチェーンにおけるリスクと機会を明確に特定することです。

 このツールは、半導体、希少金属、電子機器などの重要分野に焦点を当て、これらの供給網の健全性を確認することを目指しています。さらに、中国やロシアなどの特定国への依存度を評価し、緊急時における代替供給源の可能性を探ることができます。商務長官補は、この取り組みが同盟国との具体的な議論を可能にし、これまでの一般論に終始していた状況を改善すると述べています。

 しかし、このツールにも限界があります。一部のデータ更新が遅いため、リアルタイム分析には制約があり、また企業が部品構成表などの機密情報を提供する義務がないため、完全な全体像を描くのは困難です。

 一方で、この取り組みは従来の自由貿易の考え方に一石を投じるものでもあります。従来の経済学では、「世界中の多くの人間が、常に1円でも得をしようと、最良の供給元から最短のルートを通って、最安値の運輸方法を用いて、世界中で各種物品を移動させている」という考え方が主流でした。これは「最安値」という共通ルールに基づく「神の手」に導かれた人間社会の営みであり、世界全体の富を最大化する最も適当な方法(=自由貿易)だと考えられてきました。

 しかし、経済的威嚇を影響力行使の手段とする国々の出現により、この自由貿易の基礎となる「価格」に影響を与える新たなコスト(=リスク)を考慮する必要が生じています。このため、サプライチェーンの強靭化が重要となっており、米国の新しい分析ツールはこの課題に対応しようとするものです。

 この取り組みは、フレンド・ショアリング(同盟国との協力)を促進し、より強靭なグローバルサプライチェーンの形成に寄与する可能性があります。例えば、電気自動車やクリーン技術分野で、オーストラリアの希少金属、日本の生産能力、米国の消費市場を組み合わせることで、国際競争力のある製品を生み出す可能性があります。

 米国では、この取り組みが超党派の支持を得ており、サプライチェーンのリスク確認を法制化する「強靭な供給網推進法」が下院で全会一致で可決されています。

 しかし、この新しいアプローチにも課題があります。経済的合理性への配慮が少なく、各種物品の調達コストが上昇し、各国の国民生活に後ろ向きの影響を与える可能性があります。また、同盟国や同志国以外の国々のデータが不足しているため、経済的威嚇を仕掛ける側の国々に対する対抗措置を講じることが難しいという問題もあります。

 総じて、この新しいサプライチェーン分析ツールは、変化するグローバル経済環境に対応しようとする米国の重要な一歩と言えますが、従来の自由貿易の考え方との調和や、新たな経済的・政治的課題への対応など、今後も多くの課題に直面することが予想されます。

 この記事は、元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】米国商務省の革新的サプライチェーン分析ツール:グローバル経済の未来を左右する戦略的イノベーション

まとめ
  • 米国商務省が開発した「供給網明確化の『道具』」は、サプライチェーンの実態把握、リスク・機会の特定、重要分野の健全性評価を目的としている。
  • このツールは、米国と同盟国の貿易・関税データを解析し、代替供給源の可能性や特定国への依存度を分析できる。
  • フレンド・ショアリングの促進や強靭なグローバルサプライチェーンの形成に寄与することが期待されているが、データ更新の遅れや企業の機密情報の欠如などの課題もある。
  • 米国の優位性(基軸通貨、金融システム、技術力、同盟国ネットワーク)により、他国が容易に真似できない規模と精度のツールが構築された。
  • 日本にとっては、重要物資のリスク早期特定、同盟国との連携強化、経済安全保障向上などのメリットが期待されるが、日米協力と慎重な運用が必要。
サプライチェーンは、モノの流れ、情報の流れ、お金の流れで成り立っている

米国商務省が開発した新たなサプライチェーン分析ツール「供給網明確化の『道具』」(英語では "supply chain mapping tool" と推測)は、主に供給網の実態把握とリスク・機会の特定を目的としています。このツールは商務省と民間セクターの協働により開発され、グローバルサプライチェーンの複雑性に対応する画期的な取り組みとして注目されています。

サプライチェーンのマッピングとは、サプライチェーン内のサプライヤー、作業所、オペレーション、労働者に関する情報を収集して、詳細なグローバルマップを作成することを意味します。 この情報を単一のデータプラットフォームに保持することで、作業条件、管理慣行、サプライチェーンリスクに関する統合分析が可能になります。

このツールの主な機能は、米国と同盟国の貿易・関税データを詳細に解析し、半導体、希少金属、電子機器などの重要分野における供給網の健全性を評価することです。また、戦争や自然災害などの緊急事態における代替供給源の可能性や、中国やロシアなどの特定国への依存度も分析可能です。これにより、潜在的なリスクやボトルネックを迅速に特定し、対策を講じることができます。

さらに、このツールは欧州同盟国やインド太平洋経済枠組み(IPEF)参加国との具体的な供給網の議論を可能にし、世界的なボトルネックを特定するための詳細な分析を提供します。これは、国際的な経済協力や戦略的パートナーシップの強化に大きく貢献すると期待されています。

特に、中国に対するデカップリングやリスキリングに関して、自国や同盟国がなるべく悪影響を受けないようにどのような方式にするか、また順番や期間などに関してどのような優先順位をつけるかに関して有益な情報を提供できるようになる可能性があります。さらには、デカップリングやデリスキリングをしなければ、どのようなリスクがあるかも、ある程度定量的に明らかにできるようになる可能性があります。

デカップリングやデリスクリングに関して危険という論もあるが、定量的な裏付けがあるわけではない

ただし、一部データの更新の遅れや企業の機密情報(部品構成表など)の欠如により、リアルタイム分析や完全な全体像の把握には限界があります。これらの課題は、今後のツールの改善や政策の調整によって解決されていく必要があるでしょう。

このツールは、フレンド・ショアリング(同盟国との経済協力)を促進し、より強靭なグローバルサプライチェーンの形成に寄与することが期待されています。例えば、電気自動車やクリーン技術分野で、オーストラリアの希少金属、日本の生産能力、米国の消費市場を組み合わせることで、国際競争力のある製品を生み出す可能性があります。米国内では超党派の支持を得ており、サプライチェーンのリスク確認を法制化する動きも進んでいます。

米国がこのようなツールを構築できた背景には、いくつかの重要な強みがあります。まず、米ドルが国際取引の基軸通貨であることから、世界中の金融取引の大部分を把握できる独自の立場にあります。また、米国の金融機関や決済システムが国際取引で重要な役割を果たしているため、多くの取引情報へのアクセスが可能です。さらに、データ分析や人工知能の分野における技術的優位性により、複雑なサプライチェーンデータを効果的に処理・分析する能力を有しています。加えて、多くの同盟国や友好国との緊密なネットワークを持ち、情報共有や協力が可能です。

このシステムの開発には膨大な費用がかかると推測されますが、具体的な金額は公開されていません。データ収集・分析システム、高度なAI技術、セキュリティシステムなど、多岐にわたる技術が必要で、数十億ドル単位の投資が必要になる可能性があります。ただし、このような戦略的に重要なシステムの開発費用は、多くの場合、機密情報として扱われる可能性が高いです。

今後、このツールは様々な分野で活用され、重要な成果をもたらす可能性があります。直近では、サプライチェーンのリスク管理、同盟国との経済協力強化、緊急時の代替供給源の確保などに活用される見込みです。長期的には、グローバル経済の安定性向上や、より効率的な国際分業体制の構築に貢献する可能性があります。

ただし、いくつかの課題も残されています。データの更新速度の問題、企業の機密情報共有の難しさ、経済的合理性と国家安全保障のバランスなどが挙げられます。これらの課題を解決するためには、継続的な技術革新と国際協力が不可欠です。

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日本にとっては、このツールの運用から多くのメリットが期待できます。重要物資のサプライチェーンリスクの早期特定、同盟国との経済連携強化、経済安全保障の向上、企業の戦略的投資や事業展開の支援などが可能になるでしょう。また、災害時の迅速な対応やグローバルサプライチェーンの最適化による国際競争力の強化も期待できます。

ただし、これらのメリットを最大限に活用するためには、日米間の緊密な協力と情報共有が不可欠です。また、データの取り扱いや解釈に関する専門知識を持つ人材の育成も重要な課題となります。さらに、このシステムの運用が経済的合理性を損なわないよう、慎重なバランス取りも必要になると考えられます。

総じて、米国のサプライチェーン分析ツールは、グローバル経済の複雑性と不確実性が増す中で、重要な役割を果たすことが期待されています。その効果的な活用と継続的な改善により、より強靭で持続可能な国際経済システムの構築に貢献する可能性があります。

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2024年7月4日木曜日

バイデン、撤退の可能性を漏らしたと報道 本人は「最後まで戦う」と側近に語る―【私の論評】2024年米大統領選:バイデン撤退論の影響とトランプ優位の実態分析

バイデン、撤退の可能性を漏らしたと報道 本人は「最後まで戦う」と側近に語る

まとめ
  • バイデン大統領の撤退可能性が報道されたが、本人とホワイトハウスは否定
  • テレビ討論会でのパフォーマンス低下を受け、民主党内外から懸念の声
  • バイデンの認知機能と健康状態に関する疑問が浮上
  • バイデン側は討論会の不調を喉の痛みと過酷な日程のせいと説明
  • 年齢による制約が指摘される中、11月の本選挙に向けて議論が継続する見込み

 2024年米国大統領選に向けて、ジョー・バイデン大統領の再選に関する懸念が高まっています。先週のドナルド・トランプ前大統領とのテレビ討論会でのパフォーマンス低下を受け、バイデン大統領の撤退可能性が報じられました。ニューヨーク・タイムズは、バイデンが側近に撤退の可能性を漏らしたと報道しましたが、ホワイトハウスはこれを否定し、バイデン自身も「最後まで戦う」と表明しています。

 民主党内でも再選を疑問視する声が上がり、一部の議員や元議長らがバイデンの認知機能や健康状態に関する懸念を表明しています。バイデン側近は、大統領が最もパフォーマンスを発揮できるのは午前10時から午後4時の間だと語っており、年齢による制約が指摘されています。

 一方で、バイデン自身は討論会でのパフォーマンス低下を喉の痛みと過酷な日程のせいだと説明し、ホワイトハウスは認知機能に関する懸念を否定しています。現時点では、バイデン大統領が民主党の候補者として指名されることが固まっていますが、11月の本選挙に向けて、年齢や健康状態に関する議論が続くことが予想されます。

 この記事は元記事の要約です。詳細を知りたい方は、元記事をご覧になって下さい。

【私の論評】2024年米大統領選:バイデン撤退論の影響とトランプ優位の実態分析

まとめ
  • バイデン撤退の場合、民主党は新候補擁立に苦慮し、トランプ陣営が優位に立つ可能性が高い。
  • バイデン続投の場合、政策実績のアピール、健康懸念の払拭、トランプ批判強化などの戦略に注力するだろう。
  • 民主党がバイデンにこだわった理由は、現職の強み、知名度、2020年の勝利実績、党内安定などが挙げられる。
  • 撤退論の浮上により、民主党は不利な状況に陥り、トランプ陣営が有利な展開を得た。
  • 世論調査結果は、トランプ氏がバイデン氏をリードしており、トランプ陣営の優位性を客観的に示している。
テレビ討論会に参加したトランプ氏とバイデン氏

バイデン大統領が撤退した場合、民主党は新たな候補者を擁立する必要に迫られます。有力候補としてカマラ・ハリス副大統領や州知事経験者が挙がりますが、短期間での知名度向上や党内の混乱が課題となります。

一方、トランプ前大統領は激戦州での優位性を維持しており、民主党の混乱を利用して有利な立場に立つことができます。全体として、バイデンの撤退は民主党にとって不利な展開となる可能性が高いと予想されます。

バイデン大統領が選挙戦を継続する場合、彼の陣営は以下の戦略に注力するでしょう。まず、経済成長や雇用創出などの政策実績を強調し、リーダーシップの成果をアピールします。バイデンは討論会でのパフォーマンスを改善し、健康状態に関する懸念を払拭する努力をします。トランプ前大統領への批判を強化し、対比を明確にするでしょう。党内の結束を固め、選挙資金の確保にも力を入れるでしょう。これらの戦略を通じて、バイデンは厳しい選挙戦に挑むことになります。

バイデン氏が撤退すれば、最有力候補にもなり得るカマラ・ハリス氏だが・・・・

特に、インフラ投資やクリーンエネルギー推進などの具体的な成果を強調し、国民の生活向上を訴えかけるでしょう。また、カマラ・ハリス副大統領や他の有力な民主党員との協力を強化し、統一したメッセージを発信することで、党内外からの支持を固めることを目指すでしょう。バイデンの過去の経験や困難を乗り越えた実績を強調し、リーダーシップの強さを示すことも重要な戦略となるでしょう。

バイデン大統領は高齢であるため、このような問題が起きることは十分予測できたはずです。それでも、民主党がバイデン大統領にこだわった理由は複合的です。現職の強みや既存の知名度、支持基盤を活かせることが大きな要因です。

また、2020年の選挙でトランプ氏に勝利した実績も重要視されました。新たな候補者を擁立することで生じる党内の混乱を避け、政策の継続性を保つ意図もあったでしょう。さらに、選挙までの時間的制約を考慮すると、新候補の擁立は困難だと判断されたと考えられます。これらの要因が重なり、リスクを認識しつつも、民主党はバイデン氏を候補者として維持する選択をしたのです。

バイデン大統領に対する撤退論の浮上は、民主党を不利な状況に追い込み、トランプ陣営に有利な展開をもたらしました。民主党内の分裂と混乱が露呈し、バイデン氏の適性への疑問が強まる中、トランプ陣営は一貫したメッセージを発信しやすい立場を得ました。


トランプ陣営の優位性は、最近の世論調査結果にも表れています。例えば、ニューヨーク・タイムズとシエナ大学が実施した調査では、トランプ氏がバイデン氏を48%対43%でリードしています。特に、6つの激戦州では、トランプ氏が52%対42%と大きくリードしています。

さらに、RealClearPolitics(RCP)の平均調査では、トランプ氏がバイデン氏を2.6ポイントリードしており、これは2020年の選挙時よりも優位な状況です。RCPは、政治ニュースと世論調査を集約・分析する非党派のウェブサイトで、その調査平均は多くの政治アナリストや報道機関に参照されています。RCPの数字は、複数の信頼できる調査結果を平均化したものであり、より包括的な世論の傾向を示すものとして重視されています。

これらの数字は、撤退論が出たことでバイデン陣営が苦戦している一方、トランプ陣営が選挙戦を有利に進めていることを客観的に示しています。

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2024年7月3日水曜日

菅前首相と麻生副総裁、自民総裁選は首相経験者2人によるキングメーカー争いの様相―【私の論評】高市早苗氏の可能性と麻生太郎氏の影響力 - 党支持率回復への道

菅前首相と麻生副総裁、自民総裁選は首相経験者2人によるキングメーカー争いの様相

まとめ
  • 9月の自民党総裁選は、菅義偉前首相と麻生太郎副総裁によるキングメーカー争いの様相を呈している。
  • 菅氏は「非主流派」「脱派閥」の立場から、石破茂、加藤勝信、小泉進次郎らの中から次期総裁候補を検討している。
  • 麻生氏は岸田政権の「主流派」として、岸田首相の再選を支持する可能性が高いが、状況次第で茂木敏充や河野太郎を推す可能性もある。
  • 今回は「派閥なき総裁選」となるため情勢が読みにくいが、菅氏と麻生氏が大きな影響力を持つと見られている。
  • 党内には、総裁選による政局イメージを懸念する声もある。


 9月の自民党総裁選は、菅義偉前首相と麻生太郎副総裁という2人の元首相によるキングメーカー争いの様相を呈している。

 菅氏は「非主流派」の中核として反岸田の姿勢を鮮明にし、石破茂、加藤勝信、小泉進次郎らの中から次期総裁候補を見定めている。菅氏は「非主流派」「脱派閥」を条件に候補者を検討しており、派閥パーティー収入不記載事件の責任を岸田首相に求めている。

 一方、麻生氏は岸田政権の「主流派」の要として、まず岸田首相の再選を支持する可能性が高い。ただし、麻生氏と岸田首相の関係にはすきま風も吹いており、岸田首相が出馬を断念した場合は茂木敏充幹事長や河野太郎デジタル相を推す可能性もある。

 今回の総裁選は「派閥なき総裁選」となるため情勢が読みにくいが、菅氏と麻生氏が大きな固まりを動かせる唯一の人物とされている。菅氏には無派閥議員を中心とした支持者がおり、麻生氏は麻生派の一定数を動かすことができる。

 この状況下で、党内からは政局に走る自民党のイメージを懸念する声も上がっている。

【私の論評】高市早苗氏の可能性と麻生太郎氏の影響力 - 党支持率回復への道

まとめ
  • 菅氏は加藤勝信氏を、麻生氏は岸田首相を推す可能性が高い。
  • 岸田氏や加藤氏が総裁になっても、政治資金問題や現政権との連続性から支持率回復は難しい。
  • 高市早苗氏は総裁選に向けて活動を活発化させているが、「高市つぶし」を警戒している。
  • 高市氏が総裁になれば、保守層の支持回復や女性首相としての象徴性から支持率上昇の可能性がある。
  • 高市氏の総裁就任には麻生氏の支持が重要で、両者の政策スタンスの類似性から支持の可能性はなきにしもあらずと言う状況にあるといえる。


上の記事の中で、菅氏が次期総裁として検討しているとみられる人物のうち、石破茂氏は時々の政権をマスコミなどで批判し続けてきたため、多くの自民党議員から蛇蝎のごとく嫌われており、そもそも総裁選に必要な推薦人を集められない可能性が高いです。

小泉進次郎氏、自民党内ではその能力に疑問符をつけられることが多いこと、さらに父親の元首相小泉純一郎氏が息子の小泉進次郎氏に対して、50歳を過ぎてから首相を目指すよう助言していることから、進次郎氏は出馬しない可能性が高いです。

そのようなことから、菅氏が実際に推すのは、加藤勝信氏になるとみられます。

加藤勝信

麻生氏が検討しているとみられる人物は、岸田首相、茂木氏、河野太郎氏です。まず、茂木敏充氏は、写真的記憶力を持ち、政策通として高い能力を評価されています。しかし、党内での人望に課題があるとされ、その例として2022年の小渕優子氏の茂木派離脱が挙げられます。

「冷たい」「人間味に欠ける」といった評価もあり、これが党内での人間関係構築を難しくしているとされます。政策面での能力は高く評価されるものの、対人関係のスキルや党内での調整力、合意形成能力には批判的な見方が支配的です。

一方、麻生太郎氏が河野太郎氏を総裁候補として推す可能性は低いと考えられます。河野氏のファミリー企業の中国との関係や、内閣府のタスクフォースでの中国企業関連の資料問題は、安全保障や経済安全保障の観点から重大な懸念事項となっています。

麻生氏は対中政策に慎重な立場を取ることが多く、台湾有事は日本有事という発言もしています。これらの問題は河野氏の適性に疑問を投げかけるものです。また、麻生氏は岸田政権の「主流派」の要であり、現状の党内バランスを維持することを重視する可能性が高いです。

さらに、これらの中国関連の問題は政治的リスクが大きく、総裁選や将来の総選挙での攻撃材料となる可能性があります。これらの要因を考慮すると、麻生氏は河野氏を総裁候補として推すことを避ける可能性が高いと言えるでしょう。

そうなると、岸田氏を再び推すということになる可能性があります。しかし、岸田氏ということになれば、全く新味もなく、支持率が低下し続けることが予想されます。

岸田氏と加藤氏のいずれが総裁になっても、自民党政権の支持率回復は難しい可能性があります。その主な理由として、政治資金問題による党全体の信頼低下が挙げられます。

また、両氏とも現政権との連続性が強く、抜本的な変革を期待することは難しいでしょう。経済政策や社会保障改革などの重要課題で目立った成果が上がっていないことも、支持率回復の障害となるでしょう。

さらに、有権者の間では政治の世代交代を求める声が強まっていますが、両氏は既存の政治体制の中核にいる人物であり、この期待に応えるのは難しいでしょう。複雑化する国際情勢への対応も課題です。これらの要因により、単なる総裁交代では支持率の大幅な回復は見込みにくいと考えられます。

岸田首相

一方高市早苗経済安全保障担当相は、9月の自民党総裁選に向けて活動を活発化させていますが、同時に「高市早苗つぶし」を強く意識しています。朝日新聞が高市氏の総裁選出馬の意向を報じたことに対し、高市氏は未だ総裁選出馬を正式には表明しておらず、X(旧ツイッター)で「『高市早苗つぶし』が目的」と猛反発しました。

これは、当然のことといえます。岸田首相の進退が決まらないと、その次のアクションは起こしにくい状況です。自民党には総理を支える立場にある現職閣僚と党役員は総裁選に出馬しないという不文律があり、これに反する行為は総裁選での自らの立場を危うくする可能性があるからです。

岸田首相が辞任を決めた場合、高市氏は現職のまま総裁選に出馬できる可能性が高まります。岸田首相が辞任しない場合で、高市氏が総裁選に出馬する意向ならば、総裁選の前に大臣を辞任することで、出馬の道が開けます。

高市氏が総裁になった場合、他の候補と比較して自民党の支持率上昇につながる可能性が高いと考えられます。高市氏の保守的な政策スタンスは、自民党が失った保守岩盤層の支持を取り戻す強力な武器となるでしょう。また、日本初の女性首相となる可能性は、新鮮さと象徴性をもたらし、幅広い層からの支持を集める可能性があります。

さらに、高市氏のマクロ経済への深い理解は、日本経済の回復を導く可能性があります。これは、経済政策の明確さと実効性という点で、他の候補との差別化につながるでしょう。高市氏の経済安全保障や外交政策での明確な立場と相まって、有権者の期待に応える可能性が高まります。

現政権との一定の距離感から、高市氏の総裁就任は政治の刷新を求める有権者の期待に応える可能性も高く、これらの要因が複合的に作用して、他の候補よりも効果的に自民党支持率の上昇につながると予想されます。特に、経済回復への期待が高まれば、より広範な支持を集める可能性があります。

高市氏が総裁になった場合、自民党の支持率上昇につながる可能性が他の候補と比較して高いと考えられます。高市氏の保守的な政策スタンスは、失われた保守岩盤層の支持回復に寄与するでしょう。また、日本初の女性首相となる可能性は、新鮮さと象徴性をもたらし、幅広い層からの支持を集める可能性があります。

高市氏のマクロ経済への深い理解は、日本経済の回復を導く可能性があり、これは経済政策の明確さと実効性という点で他の候補との差別化につながります。さらに、高市氏の経済安全保障や外交政策での明確な立場は、有権者の期待に応える可能性が高いでしょう。

高市早苗氏

特筆すべきは、高市氏が政局に走る自民党のイメージを払拭できる可能性が高いことです。高市氏の政策重視の姿勢と、経済回復や安全保障強化などの具体的な課題への取り組みは、党内外から政策本位の政治への回帰として評価される可能性があります。これにより、自民党が政局よりも国民生活の向上に注力しているという印象を強めることができるでしょう。

現政権との一定の距離感も相まって、高市氏の総裁就任は政治の刷新を求める有権者の期待に応える可能性が高く、これらの要因が複合的に作用して、他の候補よりも効果的に自民党支持率の上昇につながると予想されます。経済回復への期待と政策重視の姿勢が明確になれば、より広範な支持を集める可能性が高まるでしょう。

高市氏が総裁になれる可能性は、麻生氏もしくは菅氏の支持が重要な要素となります。両氏は自民党内で大きな影響力を持つ重要な政治家であり、その支持は高市氏の総裁選での立場を大きく強化する可能性があります。

特に、現状では麻生氏のほうが、高市氏を指示する可能性が高いと考えられます。両者は保守的な政策スタンス、特に経済政策や安全保障政策において類似した見解を持っており、これが支持の基盤となる可能性があります。

麻生氏は自民党内で大きな影響力を持つ重要な政治家であり、高市氏を支持することで現状の党内バランスを維持しつつ、自身の影響力を保持できる可能性があります。また、麻生氏は世代交代や党のイメージ刷新の必要性を感じており、高市氏の支持はこれらの課題に対応する手段となり得ます。

さらに、女性リーダーの登用が課題となっている中、高市氏への支持は党の多様性推進をアピールする機会にもなるでしょう。これらの要因が複合的に作用し、麻生氏が高市氏を支持する可能性は無きにしもあらずの状況だと思われます。

麻生太郎氏には、自民党の将来と日本の政治の方向性を見据えた賢明な判断を期待します。高市早苗氏への支持を検討する際には、党内の力学だけでなく、国民の期待や国際情勢も考慮に入れるべきです。

麻生氏の豊富な政治経験と先見性を活かし、自民党の刷新と国益に資する選択をすることが望まれます。この判断が、政治の信頼回復と日本の持続的な発展につながることを期待します。麻生氏の決断は、単なる党内の人事を超えて、日本の未来を左右する重要な意味を持つことを強調したいと思います。

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2024年7月2日火曜日

フィリピンの女性市長に「中国のスパイ」疑惑 指紋で別人と判明、中国人の可能性が高く―【私の論評】日本の国家安全保障危機:高市早苗氏の総裁選出が鍵となる理由と課題

フィリピンの女性市長に「中国のスパイ」疑惑 指紋で別人と判明、中国人の可能性が高く

まとめ
  • フィリピン北部バンバン市のアリス・グォ市長が「中国のスパイ」である疑惑が浮上し、捜査当局は市長が実際には中国人である可能性が高いと指摘している。
  • 市長の指紋が別の中国人女性のものと一致し、その女性は2003年にフィリピンに入国した1990年生まれの福建省出身者とされている。
  • バンバン市のカジノ賭博組織による女性の監禁が発覚し、市長は違法なオンライン賭博や人身売買への関与の疑いで告発され、職務停止命令を受けている。

フィリピン・バンバン市 アリス・グォ市長

 バンバン市のアリス・グォ市長が「中国のスパイ」である疑惑が浮上した。捜査当局は、グォ市長が実際には中国人である可能性が高いと指摘している。この疑惑は、市内のカジノ賭博場の摘発をきっかけに発生した。

 グォ市長は、父が中国人で母がフィリピン人メイドだったと主張し、非嫡出子として育てられたため証明書がないと釈明した。しかし、捜査当局は市長の指紋が別の中国人女性のものと一致したと発表。その女性は2003年にフィリピンに入国し、1990年に福建省で生まれたとされている。

 さらに、バンバン市のカジノ賭博組織が数百人の女性を監禁していたことも発覚。大統領府直轄の組織犯罪対策委員会は、市長らが違法なオンライン賭博や人身売買に関与した疑いがあるとして告発した。グォ市長は現在、職務停止命令を受けている。

 この事件は、南シナ海の領有権問題で中国と対立を深めるフィリピンの政治的緊張の中で起きており、国家安全保障の観点からも注目されている。

【私の論評】日本の国家安全保障危機:高市早苗氏の総裁選出が鍵となる理由と課題

まとめ
  • フィリピンと中国の対立は南シナ海の領有権と海洋権益をめぐる争いが主因であり、中国の軍事拠点化や威圧的行動が緊張を高めている。その最中におきたスパイ疑惑事件は、安保の観点から多くの懸念をひきおこしている。
  • 日本の国家安全保障は中国、ロシア、北朝鮮、イランなどからの深刻な脅威に直面しており、これまでの個人の権利重視の姿勢が国家の安全を脆弱にしている。
  • 高市早苗氏は日本の安全保障強化に向けた包括的な対策を主張しており、スパイ防止法の制定や外国の影響力排除のための法整備、国民の安全保障意識向上を推進している。
  • 現行のセキュリティ・クリアランス制度には適用範囲の限定や性行動規定の欠如、定期的再審査の不十分さなどの欠点があり、これらは日本の安全保障に対する認識の甘さから生じている。
  • 今秋の自民党総裁選は日本の安全保障政策の分岐点となる可能性が高く、高市氏の選出が日本の独立国家としての地位回復と国際的発言力強化につながる可能性がある。

フィリピンと中国の対立は主に南シナ海における領有権と海洋権益の争いに起因しています。中国が南シナ海のほぼ全域の管轄権を主張し、フィリピンの排他的経済水域も含む広範な海域を自国の勢力圏としようとしていることが、対立の核心です。

この海域には豊かな漁場があり、石油や天然ガスなどの資源も存在する可能性があるため、両国の利害が衝突しています。さらに、中国が島々や岩礁を軍事拠点化していることや、フィリピン船に対する威圧的な行動を取っていることも、緊張を高めています。

フィリピンは国際法に基づいて自国の権利を主張していますが、中国はこれを無視する姿勢を示しており、両国の対立は深刻化しています。

こうした中で、発生したこの事件は、国家安全保障の観点から複数の懸念を引き起こしています。フィリピンの地方政治への外国の影響力浸透、機密情報の流出リスク、そして組織犯罪との関連など、国家の意思決定や治安に対する重大な脅威となり得ます。

多くの民主国家がスパイ対策を強化していますが、その効果は一様ではありません。例えば、オーストラリアは2018年に外国干渉透明性スキーム法(FITS)を制定し、外国の影響力活動に対する透明性を高めようとしました。この法律では、外国政府や政治組織のために活動する個人や団体に登録を義務付け、その活動を公開することを求めています。

しかし、最近の議会審査によると、FITSは「意図した目的を達成できなかった」と結論づけられています。登録サイトへのアクセスは少なく、多くのオーストラリア人がその存在を知らないという問題があります。さらに、複雑な登録要件が言論の自由を抑制し、通常の国際交流を妨げる可能性も指摘されています。

一方で、FITSとは別に、オーストラリアが2020年に設立した国家情報局(ONI)は、情報機関間の連携強化に一定の成果を上げています。ONIは、複数の情報源からの情報を統合し、より包括的な脅威評価を可能にしています。これにより、外国の影響力活動をより効果的に特定し、対応する能力が向上したと言えます。

このように、スパイ対策の強化は複雑な課題であり、単一の法律や機関で完全に解決することは困難です。オーストラリアの経験は、透明性を高めるだけでなく、情報機関の能力強化や、国民の認識向上など、多面的なアプローチの必要性を示唆しています。フィリピンを含む他の国々も、これらの教訓を踏まえつつ、自国の状況に適した対策を検討する必要があるでしょう。

日本の国家安全保障は今、極めて深刻な危機に直面しています。中国、ロシア、北朝鮮、イランなどの敵対的国家からの脅威は、もはや看過できないレベルに達しています。これまで日本は、個人の権利や報道の自由を過度に重視するあまり、国家の存続と国民の安全を軽視してきました。この結果、我が国は外国のスパイ活動や影響力行使に対して極めて脆弱な状態に陥っています。

日本の国家安全保障は、実際には深刻な脅威に直面しています。蓮舫氏の事例は氷山の一角に過ぎず、政治家の二重国籍問題は、外国の影響力が日本の政策決定に直接介入する経路となり得ます。

蓮舫氏

帰化した政治家も、長期的な忠誠心を保証することは難しく、外国政府の影響下で重要な意思決定に関与する危険性があります。

さらに、外国資本や影響力がメディアに浸透することで、世論操作や情報操作のリスクが高まっています。地方自治体は中央政府ほどの厳格なセキュリティ対策を取れていないため、外国の影響力が浸透しやすい弱点となっています。

また、政府機関や重要インフラのデジタル化が進む中、外国籍者や二重国籍者がこれらのシステムにアクセスできる立場にいる場合、サイバー攻撃や情報漏洩のリスクが著しく高まります。

これらの問題は日本の国家安全保障に対する深刻な脅威となっており、現状の法制度や管理体制では十分に対応できていない可能性が高いため、スパイ防止法を制定するなどの早急な対策が必要です。

このような危機的状況を打開し、日本の安全保障を抜本的に強化できる政治家は、現在の総裁候補と目される人の中では高市早苗氏しかいないと言えます。高市氏は、国家安全保障を最優先課題として位置づけ、包括的かつ厳格なスパイ防止法の制定、外国の影響力排除のための強力な法整備、そして国民の安全保障意識の向上を強く主張しています。

特筆すべきは、高市氏が本年導入が決まったセキュリティ・クリアランス制度の実現に尽力したことです。この制度は、機密情報にアクセスする人物の背景チェックを強化し、政府機関や重要インフラにおける人員の信頼性確認に大きく寄与しています。

ただ、現行のセキュリティ・クリアランス制度には重要な欠点があります。適用範囲が政府機関の一部と防衛産業に限定されており、重要インフラや地方自治体、メディアなどが含まれていません。

また、性行動に関する規定が欠如しており、「ハニートラップ」などのスパイ活動に対して脆弱です。さらに、定期的な再審査の仕組みも不十分です。これらの欠点が見逃された背景には、日本の安全保障に対する認識の甘さがあります。

これに関しては、岸田内閣の閣僚の一人でもある高市氏としては岸田首相や他の閣僚などの考えを無視するわけにもいかず、いかんともしがたかったのでしょう。長年、深刻な脅威に直面してこなかったという誤った認識や、プライバシーへの過度な配慮、組織文化などが影響しています。

高市早苗氏

しかし、元々日本には存在しなかった制度ができたということでは、間違いなく一歩前進です。その面では、高市氏を評価することができるでしょう。

高市氏が総裁に選出されれば、これらの欠点を早期に解消し、より包括的で実効性の高い制度を構築する可能性が高いと期待されます。これは日本の国家安全保障の強化につながるでしょう。

今秋の自民党総裁選は、日本の安全保障政策の分岐点となる可能性が極めて高いです。高市氏が総裁に選出されれば、日本は真に独立国家としての地位を取り戻し、国際社会における発言力を強化できる可能性があります。一方、他の候補者が選出された場合、これまでの脆弱な安全保障体制が継続し、日本の主権と安全が著しく損なわれる危険性が高まります。

国家の存続と国民の安全を守るため、今こそ高市氏のような強い意志と実績を持つリーダーが必要不可欠です。今秋の総裁選の結果が、日本の未来を大きく左右することは間違いありません。

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2024年7月1日月曜日

実質GDP、年2.9%減に下方修正 1~3月期、基礎統計の訂正で 内閣府―【私の論評】2024年日本経済の岐路:高圧経済とNAIRUから見る積極的財政・金融緩和政策の必要性

実質GDP、年2.9%減に下方修正 1~3月期、基礎統計の訂正で 内閣府


 内閣府は1日、2024年1~3月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)を下方修正し、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.7%減(従来0.5%減)、この成長が1年続いた場合の年率換算で2.9%減(同1.8%減)と発表した。  GDPの基礎統計である「建設総合統計」を国土交通省が訂正したことを反映した。

  修正の結果、公共投資は前期比1.9%減(同3.0%増)の下落。住宅投資は2.9%減(同2.5%減)となった。 

【私の論評】2024年日本経済の岐路:高圧経済とNAIRUから見る積極的財政・金融緩和政策の必要性

まとめ
  • 2024年1~3月期のGDPマイナス成長は金融政策の後退と財政政策の緊縮化が主因
  • 安倍・菅政権時の100兆円規模の財政出動(国債発行と日銀引受)により日本経済はコロナ禍でも毀損されなかった。
  • しかし、岸田政権下での財政緊縮化が経済成長を妨げている
  • 積極的な金融緩和と財政出動の継続が経済改善に必要不可欠
  • 次期自民党総裁選は日本の経済政策の方向性を決める重要な分岐点となる

2024年1~3月期のGDPマイナス成長の主な原因は、金融政策の後退と財政政策の緊縮化によるものといえます。
安倍政権と菅政権時代に実施された大規模な財政出動、特に100兆円規模の補正予算は、リフレ派から高く評価されています。この100兆円の内訳は、安倍政権下で60兆円、菅政権下で40兆円となっています。この大規模な財政出動の特筆すべき点は、その財源として増税ではなく、国債発行を選択したことです。さらに、発行された国債を日本銀行が引き受けるという形で実施されました。これは、金融政策と財政政策の協調を体現した大胆な政治決断でした。

この政策は、経済に対して即効性のある刺激を与え、デフレマインドの払拭に貢献したといえます。特に、コロナ禍による経済的打撃を緩和し、雇用の維持や企業の存続を支援する上で重要な役割を果たしました。また、この大規模な財政出動は、単なる景気対策にとどまらず、将来の経済成長の基盤を整備する投資的な側面も持っていたといえます。
岸田政権下では財政政策の方向性が変化し、緊縮的な姿勢が強まりました。公共投資の減少や増税への懸念が、経済成長を妨げる要因となっています。ただし、岸田政権の初期には、先の100兆円の補正予算の効果が継続していたため、経済は悪化していなかったものが、その効果はなくなり、最近では経済が悪化したといえます。
現在の経済状況を改善するために、積極的な金融緩和の継続と拡大、大規模な財政出動、特に公共投資の増加、増税ではなく経済成長による税収増加を目指す政策、規制緩和や成長戦略の加速をすべきです。これらの政策を通じてデフレマインドを払拭し、企業や個人の期待を改善することで、経済成長を促進できるでしょう。

これは、高橋洋一氏かよく用いる、マクロ政策・フィリップス曲線を用いて分析するとより良く理解できます。フィリップス曲線とは、インフレ率と失業率の間の逆相関関係を示す経済理論です。適度なインフレーションは、雇用を増加させ、経済成長を促進します。



NAIRU(インフレを加速しない失業率)がマクロ経済政策、とりわけ金融政策において重要です。一般的に、インフレ率と失業率は逆相関であり、NAIRUを達成する最小のインフレ率をインフレ目標に設定するからだ。ここから導かれる金融政策は、失業率がNAIRUに達するほど低くない場合、インフレ率もインフレ目標に達しないので金融緩和、失業率がNAIRUに達すると、その後はインフレ率がインフレ目標よりも高くなれば金融引き締めというのが基本動作といえます。

現在、インフレ目標物価より物価高ではあるものの、その原因は海外由来のエネルギー価格や資源価格の高騰によるものです。直近の2024年5月のコアCPIは前年比+2.5%、電気代などが押し上げているものとされています。コアコアCPIの数値だけをみれば、インフレ目標は達成しているようにもみえます。しかし、ここでこの数値だけでは、金融政策をどうするのか判断するのは難しいです。

であれば、ここでは失業率に着目すべきでしょう。労働力調査(詳細集計)2024年(令和6年)1~3月期平均 日本全国での就業者数が前年同期に比べて38万人増加し、6723万人となりました。 一方で完全失業者数は175万人と前年同期から2万人減少し、完全失業率は2.5%と0.1ポイントの低下を見せています。現在2%半ばの水準を保っているわけですが、ここで緊縮財政や金融引き締めをすれば、失業率が上がる懸念があるのです。

そのため、積極的な財政・金融政策を継続すべき状況にあるといえます。インフレ率が高めでも、雇用が安定していれば、このような政策をとることを経済理論では「高圧経済」と呼びます。いまはまさに、高圧経済を実施すべきといえます。現時点で、インフレ率が2.5%だから、すぐに金融引き締めということになれば、失業率があがることになるでしょう。インフレ率が4%を超え、失業率が上がり始めた場合は、金融引き締めのサインとみなすべきでしょう。

ただし、円安で輸出産業は業績が良く、輸出産業は優良大企業が多いため、円安で国全体では、経済が成長することになります。ただし、国内産業、輸入産業は苦戦をしいられている状況です。であれば、積極財政として国内・輸入産業を支援する政策や、消費税減税を含む減税や、物価高対策などをすべきです。

安倍・菅政権のときのように財政赤字を恐れずに積極的な経済政策を展開することが、国民生活の豊かさと税収の増加、さらには科学技術や教育、国防、福祉国家の強化・発展につながることになります。このような政策転換によって、日本経済が再び成長軌道に乗り、国民所得の増加や完全雇用の達成が可能になります。

また、経済政策を歴史から学ぶことも重要です。過去の成功事例や失敗事例を分析し、現在の経済状況に適用することで、より効果的な政策立案が可能です。過去には、現状のように需給ギャップが存在し、需要が低迷しているときに、金融引き締めや緊縮財政をして成功した事例はありません。あれば、財務省はこれを華々しく喧伝し、緊縮財政すべきことの根拠としていることでしょう。このような歴史的視点も含め、現在の経済政策の転換をすべきなのです。

上で述べたようなことを理解しているのは、現在総裁候補者といわれる政治家の中では高市早苗氏くらいです。高市氏は、大規模な金融緩和や積極的な財政政策、さらには「高圧経済」の考え方などを支持しています。


次の自民党総裁選は、このような経済政策の方向性を決める上で極めて重要な意味を持ちます。金融政策の方向性、財政政策の規模、構造改革の推進、インフレ目標の扱い、NAIRUに基づく政策運営など、多くの重要な経済課題が争点となる可能性があります。

高市氏のような政治家が総裁に選出されれば、積極的な経済政策が継続される可能性が高くなります。一方、異なる経済観を持つ政治家が選出された場合、政策の方向性が大きく変わる可能性があります。

このように、次の総裁選の結果は、日本の経済政策の方向性を決定し、ひいては日本経済の将来に大きな影響を与えることになります。したがって、この総裁選は単なる政治的イベントではなく、日本の経済の行く末を左右する重要な分岐点となります。

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