2025年11月7日金曜日

韓国発“トランプ-金正恩再会談”に踊った報道──面白い情報ほど危険だ



まとめ
  • 2025年夏、米韓首脳会談でのトランプ発言を契機に、李在明政権が「トランプ-金正恩再会談」観測を政治利用し、韓国メディアが“演出外交”として国内外の期待を煽った。
  • Japan In-Depthの記事で、朴斗鎮・コリア国際研究所所長は、李政権の「再会談」情報操作を意図的な外交演出と分析し、板門店の立ち入り制限や要人発言を“期待値操作”と指摘した。
  • 韓国の“観測気球外交”は2018年以降も繰り返されており、外交と報道が一体化して世論を動かす構図が定着している。
  • 日本の一部メディアや識者がこの演出に踊らされ、「年内再会談」などを裏付けなく報じたことで、報道が政治的幻想の拡散装置となった。
  • 高市早苗氏が冷静な分析姿勢を保った一方、石破首相や報道機関は“情報の演出”に巻き込まれた。外交は演出ではなく現実の構造を読む戦いであり、幻想に酔えば国を誤る。
1️⃣憶測外交の仕掛け──李在明政権と韓国メディアの構図

2025年夏、東アジアの空気が不穏に揺れた。発端は8月20日、北朝鮮の国営通信が李在明大統領の「南北対話提案」を「たわごと(gibberish)」と切り捨て、韓国を「米国の忠実な犬」と罵倒したことだった。米韓合同軍事演習への反発が、やがて“米朝再会談”という幻想を生む火種となった。

8月25日の米韓首脳会談

その数日後の8月25日、ワシントンのホワイトハウスで行われた米韓首脳会談の場で、ドナルド・トランプ大統領が「年内に金正恩と会いたい」と発言した。アメリカ国内の選挙戦が熱を帯びる中、この発言は韓国側にとって千載一遇の好機となった。

8月26日には、複数の報道でトランプが“年内会談に前向き”であること、李在明がトランプに“peacemaker(仲介者)役”を要請したことが伝えられ、世界のメディアが一斉に反応した。再会談の観測は現実味を帯びて広がったが、「トランプ氏が訪韓時に金正恩との会談を模索」と韓国政府が公式に発表したという一次情報は存在しない。観測を支えたのは、報道が積み上げた“期待”にすぎなかった。

9月22日、金正恩は最高人民会議の演説で「米国が非核化要求を捨て、現実的な平和共存を認めるなら対話の余地がある」と述べ、さらに「トランプとは良い思い出がある」と語った。この“柔らかい調子”が国際メディアに取り上げられ、再会談の期待が再燃した。

国連総会の期間中、韓国外相は「李大統領はトランプ大統領に朝鮮半島の仲介者(peacemaker)となってほしいと要請した」と発言し、観測は頂点に達した。だが10月末、韓国大統領府の安保当局者が「会談の実現は近くない」と述べ、報道の熱は急速に冷めた。

Japan In-Depth(2025年11月6日付)の記事「李在明政権が流した『トランプ・金正恩会談』憶測情報」(著:朴斗鎮・コリア国際研究所所長)は、この流れを「意図的に助長された外交演出」と指摘している。朴氏は、李政権が支持率低迷を挽回するために“米朝幻想”を政治利用したと分析する。板門店周辺の立ち入り制限や与党要人の発言は“期待値の操作”であり、外交を“物語”化する韓国政治の伝統的手法が再び使われたのである。
 
3️⃣踊らされた報道と政治──日本の識者・メディアの過ち

この“演出外交”に最も敏感に反応したのは、実は日本の一部メディアだった。
9月下旬から10月上旬にかけて、JBpress(近藤大介)、Forbes JAPAN(牧野愛博)、JBpress(松本方哉)、文春オンライン(朴承珉)といった主要媒体が「年内再会談」「米朝対話再開」の見通しを相次いで報じた。
しかし、裏付けとなる一次情報は乏しく、ほとんどが韓国発の観測情報を基にした推測に過ぎなかった。

米朝会談についてのテレビ報道

報道は本来、熱狂を冷ます役割を担うべきだ。だが今回、日本の報道はその熱狂を拡散し、“観測気球外交”の一部となった。情報が「面白い」ほど、それが「危険」になることを忘れてはならない。

政治家の反応にも違いがあった。石破首相は「対話による安定」を強調し、慎重ながらも一定の期待をにじませた。一方、高市早苗氏は「根拠なき観測に振り回されるべきではない」と明言し、距離を取った。外交とは感情ではなく、構造を読む力で動く。
この両者の差は、まさに情報に対する“嗅覚”の違いである。
 
3️⃣幻想の代償──情報戦の時代に問われる覚悟

観測に最も強く反応したのは、政界よりもメディアと識者だった。JBpressやForbes、文春オンラインの記事はその象徴であり、SNS上では「日朝・米朝同時和平」などの幻影が拡散した。だが、外交は舞台ではない。演出に喝采を送る者は、現実の冷たさを見誤る。

報道が政治の熱に呑まれ、政治が報道の幻想を信じる──その瞬間、国家は方向を失う。
外交とは、事実を競うものではなく、「事実らしく見せる力」との戦いである。

前回の米朝首脳会談

韓国の情報機関は、来年3月の米韓合同軍事演習後に米朝首脳会談が行われる可能性が高いと見ている。4日韓国聯合ニュースが報じた。
報道によると、情報機関の国家情報院(NIS)の国会監査後、議員が記者団に対し「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は米国との対話に意欲的で、今後条件が整えば米国と接触するとNISは判断している」と語った。
北朝鮮は、米国が非核化要求を取り下げれば対話に応じるとしているが、先週訪韓したトランプ米大統領が会談の意向を示した際、公には応じなかった。
米ホワイトハウス当局者はロイターに対し「米国の対北朝鮮政策に変更はない」とし、トランプ大統領は前提条件なしで金総書記と対話を行う用意がある」と述べた。ただ、現時点で発表できる会談の予定はないとした。

この報道にまたマスコミや識者たちは踊るのだろうか。あるいはそのまま垂れ流すのか?


我が国が進むべき道は、虚構の演出に乗ることではない。
幻想に酔えば、足をすくわれる。
現実を見抜く者だけが、次を動かす。

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2025年11月6日木曜日

「左派のトランプ」新ニューヨーク市長マムダニが映す鏡──対岸の火事ではない

まとめ

  • ゾーラン・マムダニの当選は「反エリート」運動の象徴であり、生活苦と体制不信に苛まれた庶民が草の根の力で既存政治を突き動かした。
  • 急進的な改革路線には治安・財政・外交の不安定化リスクがあり、米国保守派はマムダニの理想主義が社会を毀損する可能性を強く警戒している。
  • スティーブ・バノンはマムダニを「左のトランプ」と評し、共和党に警鐘を鳴らした。 彼の言うポピュリズムは“大衆迎合”ではなく、中産階級の代弁運動という本来の意義を持つ。
  • 日本でも同様の「草の根政治」的潮流が地方に現れつつあり、橋下徹元大阪市長の例に見られるように、反エリート構造が政治エネルギー化している。
  • 日本は霊性の文化と「改革の原理としての保守主義」という二つの精神的支柱を軸に、伝統と改革の均衡を守り、社会秩序を持続させることが求められる。
1️⃣ゾーラン・マムダニの勝利──ニューヨークに吹いた「反エリート」の風


2025年11月4日、ニューヨーク市長選で州下院議員のゾーラン・マムダニ(Zohran Mamdani)が当選した。34歳、民主的社会主義を掲げる初のムスリム市長である。家賃凍結、富裕層課税、交通費軽減など、生活直結型の政策を訴え、草の根の献金とボランティアで大都市の空気を変えた。生活コストの上昇に苦しむ市民の怒りが、政治を突き動かしたのである。

マムダニの勝利は、単なる政党間の勝負ではない。既存の政治・財界・不動産業界などへの不信が頂点に達し、それが“反エリート”という旗のもとに一つになった結果だ。彼は理念よりも「生活の実感」を訴え、低投票層を掘り起こした。この出来事は、米国政治の構造を根底から揺るがし、現代民主主義が抱える「信頼の断絶」を象徴している。

だが、その勝利は同時に大きな危うさもはらむ。マムダニ氏は、警察予算削減や警察権限縮小を主張してきた過去を持つ。その思想は市警(NYPD)との摩擦を招き、治安維持との両立に疑問を投げかけている。さらに、交通の無料化、市営スーパーの創設、富裕層課税など、理想色の強い政策群には、財源確保や制度設計の裏づけが乏しい。ニューヨークの財界や不動産業界はすでに「資本逃避」への警戒を強めている。

外交的にも懸念がある。彼の強いパレスチナ支持とイスラエル批判の姿勢は、ユダヤ系団体や経済界との緊張を生んでいる。また、当選直後には反イスラム的ヘイト投稿が急増し、社会の分断を助長する恐れも指摘されている。要するに、マムダニ氏は「変革の象徴」であると同時に、都市の均衡を崩しかねない「政治的リスク」でもあるのだ。

2️⃣スティーブ・バノンの警鐘──トランプ流を映す「左の鏡像」

スティーブ・バノン

翌5日、トランプ政権の元首席戦略官スティーブ・バノン(Steve Bannon)は、政治専門サイト「ポリティコ(Politico)」のインタビューで語った。「マムダニを侮るな。共和党にとってこれは警鐘だ」。

彼は続けてこう述べた。「マムダニの運動は、投票意欲の低い有権者を巻き込むことに成功した。トランプ流の草の根再生の手法だ」。ここで注目すべきは、バノンが語るポピュリズムの本来の意味である。日本のメディアが使う「大衆迎合」という軽蔑的な意味ではない。ポピュリズムとは、19世紀末のアメリカで生まれた中産階級と労働者の代弁運動だ。都市のエリート層に対して、地方と庶民の声を政治に取り戻そうという流れであり、今日では国民世論そのものに近い。つまり、バノンの主張は「民主主義の根を草の根へ戻せ」という訴えである。

マムダニ現象は、その左派版だ。体制不信の市民が「自分たちの代表」を求めた。これは偶然ではない。既存秩序が信頼を失い、「政治を動かすのは大衆の側だ」という意識が広がっているのだ。こうした構造的反発こそ、トランプ現象とマムダニ現象を結ぶ共通項である。

そしてこの波は、遠い国の話ではない。日本でも、政治の信頼構造が静かに揺らいでいる。中央政界では高市早苗(たかいち・さなえ)政権が安定を保っているが、地方では“反中央”“反官僚”を掲げる首長が台頭し始めた。その典型が橋下徹(はしもと・とおる)元大阪市長・府知事である。彼は「大阪都構想」を掲げ、既得権に切り込む姿勢で市民の支持を集めた。方向は異なるが、マムダニと同様、反エリートの構造を政治エネルギーに変えた点で共通している。

日本の都市政治でも、政党色を超えた草の根型の潮流が生まれつつある。政治的左右を問わず、国民が「信じられる政治」を求め始めているのだ。マムダニの勝利は、アメリカだけでなく、我が国の「政治再編の前触れ」でもある。

ただし、バノンをはじめとする米国保守派が本当に恐れているのは、マムダニが掲げる理想主義的改革が都市の社会構造そのものを毀損しかねないことである。急進的な税制改革や警察権限の制限が治安と財政を同時に不安定化させる懸念があるのだ。彼らにとって、マムダニは単なる政治的ライバルではない。秩序と制度のバランスを崩しかねない、いわば「左派のトランプ」としての潜在的リスクでもある。

3️⃣日本の霊性の文化と「改革の原理としての保守主義」──国を支える精神の軸

八百万(やおよろず)の神

こうした時代に、我が国が軸を失わずに立つために必要なのは、精神の背骨である。それが日本固有の霊性の文化だ。日本の霊性は、八百万(やおよろず)の神に象徴される自然観、祖先への敬意、「和」を重んじる倫理に根ざしている。古代のアニミズムやシャーマニズムが他国では宗教に吸収され消えていったのに対し、日本ではそれを社会の道徳として昇華し、現代まで連続させてきた。その持続を支えてきたのが皇統である。万世一系の皇統は、我が国の歴史と精神を貫く軸であり、国の霊性を形として護ってきた。

この霊性の文化と並んで、日本の社会を支えてきた思想的支柱が、「改革の原理としての保守主義」である。これは特定の陣営に属する思想ではない。社会の基盤を守りながら改革を進めるという、文明社会が安定と進歩を両立させるための普遍的原理だ。極端な革命主義でも、変化を拒む頑迷な保守でもない。社会を損なわずに進化させる理性の原理である。

保守本流こそ、この「改革の原理としての保守主義」を堅持し、他の立場にも共有を促す責務を負っている。改革を恐れず、伝統を軽んじない。その均衡を守ることこそ、国家の持続と秩序を保証する道である。

この主題をさらに掘り下げた拙稿
👉 高市早苗の登場は国民覚醒の第一歩──常若(とこわか)の国・日本を守る改革が始まった
もあわせてお読みいただきたい。

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参考資料

AP / The Associated Press:Zohran Mamdani wins New York City mayor’s race (AP News)
The Guardian:New York mayor-elect Zohran Mamdani challenges Donald Trump in victory speech(ライブ更新) (ガーディアン)
The Washington Post:2025選挙ライブ更新 — Democrats sweep; Mamdani wins NYC mayoral race (The Washington Post)
CBS News New York:Zohran Mamdani wins NYC mayoral election after energizing young voters with focus on affordability (CBSニュース)
Al Jazeera:Updates — Mamdani wins New York City mayoral race; Cuomo concedes (Al Jazeera)
The Guardian(米保守側の反応):Democrats celebrate while Republicans stew over Mamdani’s historic win and others (ガーディアン)
Yahoo News:2025 election live updates and results — Zohran Mamdani wins NYC mayoral race ほか (yahoo.com)


2025年11月5日水曜日

ASEAN分断を立て直す──高市予防外交が挑む「安定の戦略」


まとめ
  • 2025年版グローバル・ピース・インデックス(GPI)は、世界の平和度が前年より0.36%下がったと報告し、南アジアを中心に治安と統治が悪化。西欧主導秩序が崩れ、「大断片化」の時代が到来している。
  • 新興国や途上国では制度の脆弱さから、経済危機や汚職、権威主義化の影響を受けやすく、暴力による経済損失は世界GDPの11.6%に及ぶ。
  • ASEANではラオスが47位(前年44位)、タイが86位(前年81位)へと後退し、シンガポールのみが6位を維持。地域の治安と統治の格差が拡大している。
  • 高市首相はASEAN歴訪で「東南アジアを再び一つに」と訴え、安倍晋三元首相の「自由で開かれたインド太平洋」構想を継承。エネルギー連携を軸に脱炭素と安定成長を両立させる戦略を示した。
  • 高市外交はエネルギーと安全保障を両輪とし、AZECとOSAを通じた非戦闘領域の支援でASEANの安定化を図る。これはサプライチェーンと海上輸送路を守るための、現実的かつ戦略的な外交である。
1️⃣世界の平和度が示す「断片化」の時代

Global Peace Index 2025

2025年版「グローバル・ピース・インデックス(GPI)」は、オーストラリアの独立系シンクタンク「経済平和研究所(Institute for Economics & Peace)」が発表した国際的な平和指標だ。国連やOECD、世界銀行も参照する権威あるデータで、163の国と地域を対象に、「社会の安全」「紛争の継続」「軍事化」の三分野から計23の項目を評価している。その2025年版は6月に公表され、高市首相のASEAN歴訪(10月)に先立って、世界がかつてない不安定期に入ったことを明確に示した。

報告によれば、世界全体の平和度は前年より0.36%低下し、87カ国で悪化、74カ国で改善にとどまった。特に南アジアでは緊張が高まり、地域全体が「最も平和度の下がった地域」とされた。政府機能の弱体化、法の支配の後退、汚職の拡大、そして権威主義の台頭――こうした要因が治安の崩壊を招いている。

紛争の拡大も深刻だ。報告書の「進行中の国内・国際紛争」項目では、戦闘の件数も死者数も戦後最多級となった。アフリカ、中東、南アジアでは武装勢力の跳梁が止まらず、国家機能が崩壊する例も出ている。これらの国々は例外なく順位を下げた。

GPIはこうした流れを「大断片化(The Great Fragmentation)」と名づけた。西欧主導や米中二極といった従来の秩序が崩れ、地域ごとの対立が新たな不安定要因になっているという指摘だ。多極化の進行は、国際社会を静かに分裂へと導いている。

新興国や途上国では、この分裂の衝撃が最も激しい。制度や治安の脆弱さが、外的要因をもろに受け止めるからだ。経済危機や汚職、暴力が一度発火すれば、その国はたちまち混乱に沈む。GPIは「暴力による世界経済への損失は19.97兆ドル、世界GDPの11.6%に相当する」と試算している。これはもはや遠い国の話ではない。
 
2️⃣ASEANに広がる「不均質な危機」

ASEANの旗

こうした世界情勢のなかで、日本にとって最も重大なのがASEANの動向である。GPI 2025によれば、東南アジアは一枚岩ではなく、国ごとの格差が拡大している。

ラオスは2024年の44位から47位へ後退。軍備支出の増加と偽情報の蔓延が治安を悪化させた。タイも81位から86位へと順位を下げ、政情不安が続く。一方でシンガポールは前年と同じ6位を維持し、アジアで最も平和な国の地位を守っている。

この差こそが「断片化」の象徴である。ASEANは経済統合を進めてきたが、平和の均衡はもろい。軍事化の進行や民主制度の成熟度の違いが、地域の基盤を揺るがしている。

本ブログでも以前取り上げたが(「東南アジアを再び一つに──高市首相がASEANで示した『安倍の地政学』の復活」、高市首相はASEAN歴訪で安倍晋三元首相の理念「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を再定義した。彼女が打ち出したのは、「ASEANを再び一つにする」という明確な意思である。対中・対米のはざまで揺れる各国を、再び安定の輪に戻す構想だ。
 
3️⃣エネルギーと安全保障──高市外交の現実的戦略

高市首相は、安定の礎としてまずエネルギー連携を掲げた。実際、アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)首脳会合で、各国がそれぞれの現実に即した脱炭素と成長、そしてエネルギー安全保障を両立させると宣言している。日本の原子力技術や高効率の発電・送電技術を活用し、ASEANの電力安定を支える構想だ。これは単なる経済協力ではない。国家の安定を直接支える安全保障政策である。

だが、エネルギーだけでは地域は守れない。ASEANを真に安定させるには、抑止力を含めた安全保障支援が欠かせない。日本が取るべき道は、武器輸出ではなく、監視・救難・情報共有など非戦闘領域での能力支援だ。すでに政府は「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を通じ、フィリピンに沿岸監視レーダーを供与した。さらに海上保安庁による巡視船支援、災害救助、サイバー防衛協力なども進めている。これらは憲法の枠内で可能な「現実的な軍事支援」であり、エネルギーと並ぶもう一つの柱だ。

ASEANの不安定化は、直接日本の国益を脅かす。第一に、東南アジアは日本企業の生産拠点であり、政情不安が起きればサプライチェーンが断たれる。第二に、マラッカ海峡や南シナ海は我が国の生命線である。治安悪化はエネルギー輸送を停滞させ、保険料や燃料費を押し上げる。第三に、ASEANの分裂は中国の影響力拡大を招き、結果として日本の防衛負担が増す。つまり、ASEANの混乱は日本の「防波堤の崩壊」を意味する。

先月25日夜、ASEAN関連の首脳会議に出席するため、政府専用機でマレーシアに到着した高市首相


高市首相のASEAN訪問は、この危機を見据えた“予防外交”だった。彼女の掲げた「東南アジアを再び一つに」という言葉は、友好の飾りではない。断片化の時代に、日本が主導して地域を再構築するという決意の表明である。エネルギーと安全保障の二本柱を掲げたこの外交は、安倍晋三元首相の地政学的構想を実践に移したものであり、現実政治に根ざした戦略的行動である。

GPI 2025が示したように、ASEANの平和度は静かに下がっている。だが、高市外交はその流れを見越し、早くも“反転攻勢”を始めた。日本が平和の仲介者であり、制度支援の提供者として動くなら、東南アジアの未来はまだ変えられる。

GPIの数値は単なる統計ではない。それは日本がどう生きるかを問う警鐘である。ASEANの揺らぎは、我が国の地政学的責任を映す鏡だ。日本が再び世界の秩序をつなぎ直す力を取り戻せるかどうか――その答えは、今まさに示されようとしている。

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米軍特殊部隊の展開を手がかりに、日米が海域を環状に連結して抑止力を高める「環の戦略」を解説。ASEAN安定化に直結するシーレーンの確保を論じる。 (ゆたかカールソン)

トランプ来日──高市政権、インド太平洋の秩序を日米で取り戻す戦いが始まった 2025年10月23日
日米の再結束が対中・対露・対北抑止を強化し、日本が「同盟の一員」から「抑止軸」へと変わる転機を分析。ASEANへの波及効果も示される。 (ゆたかカールソン)

脱炭素の幻想をぶち壊せ! 北海道の再エネ反対と日本のエネルギードミナンス戦略 2025年5月31日
石狩LNGや国内インフラの実態を踏まえ、日本が“ガスを動かす国”としてアジアの電力安定に貢献する現実的エネルギー戦略を提案。 (ゆたかカールソン)

アラスカLNG開発、日本が支援の可能性議論──トランプ政権が関心 2025年2月1日
アラスカLNG計画への日本の関与を検討。供給多角化とFOIP下の経済安保を結び付け、ASEANの電力安定に寄与し得るルートを展望する。


2025年11月4日火曜日

高市政権82%、自民党24%――国民が問う“浄化の政治”とは何か

 まとめ

  • 高市政権は高支持率を維持しているが、自民党の信頼は依然として低迷しており、拙速な解散は危険である。党の信頼を取り戻す「整備と浄化」の時間が必要だ。
  • 解散前に整えるべき三本柱は、政治資金の透明化、生活実感を伴う家計支援、連立や政策協定の明示であり、これらのうち二つ以上を実現してから信を問うべきだ。
  • 自民党保守派は「お行儀の良いサラリーマン」ではなく、防衛増税を巡る党内審議で怒号を飛ばすほど激しく増税派と対立し、その闘いが党の流れを変えた。
  • 2025年5月の「自由で開かれたインド太平洋戦略本部」再始動が保守派結集の転機となり、分裂ではなく結集を選んだことで高市総裁誕生の道が開かれた。
  • 高市首相の外交姿勢には「霊性の文化」と「改革の原理としての保守主義」が融合しており、韓国旗への一礼に象徴される礼節と尊厳の政治こそ、時を待ちながら信頼を築く真の保守の道である。
1️⃣支持率の乖離が示す現実


高市政権の支持は高水準だが、自民党そのものへの信頼はまだ戻っていない。事実、今年7月のNHK世論調査で自民党支持は24%まで落ち込み、低迷を示した。これは石破政権末期の数字で、高市政権発足後の“ご祝儀相場”とは対照的である。いま必要なのは、内閣の勢いに頼ることではなく、党そのものの信頼を積み直すことだ。ちなみに内閣支持の方はJNNなど複数調査で80%前後という極めて高い数値が確認されている。(Reuters)

公明離脱を経た政権構造は再設計の途上であり、生活実感もなお鈍い。賃上げは進むが、家計は物価上昇の影を引きずり、国民の評価は「今すぐ選挙で信を問え」とまでは熟していない。ここで拙速に解散に踏み切れば、比例票の取りこぼしが連鎖し、政権の足腰を逆に弱める危険がある。結論は明快だ。いまは“整備と浄化”の時間である。
 
2️⃣90日で整える三本柱


第一に、政治資金の透明化を本気でやる。パーティー券と収支の公開を機械判読レベルまで上げ、第三者監査を常設する。これはマスコミが煽りまくり、検察が起訴できない政治資金不記載問題を裏金問題にすり替え、実際よりも巨悪に仕立てたが、それにしてもこの問題を放置はできない。与党だけでなく、野党も同じ規制をかけるべきだ。

第二に、家計に届く即効策で“実感”を作る。エネルギー・燃料負担の時限軽減と、中小の価格転嫁支援を機動的に打ち、数字だけでなく生活の手触りを変える。

第三に、選挙後の枠組みを先に見せる。維新などとの政策合意を文書で明示し、政権像をあらかじめ提示する。この三本柱のうち二つ以上を確実に形にしてから、春から夏にかけて信を問う――それが勝ち筋である。

「今すぐ選挙」という意見にも理はなくもない。野党再編が遅れ、追い風は吹いている。しかし、党支持が立ち上がらないまま走れば、勝っても脆い。政権構想が曖昧なまま突っ込めば、「場当たり」の烙印を押されるだけだ。ここは焦らない。勝つために、整える。
 
3️⃣分裂ではなく結集――霊性と「改革の原理としての保守主義」

自民党の結集を訴える高市総裁

かつて、岸田・石破リベラル路線が続いた時期に「高市は塔を出て新党だ」「野党と合流だ」という声があった。私も一度はこのブログに、かつての三木武夫首相のやり方を参考に、それを主張したこともあった。その背景には自民党のリベラル・左派、官僚、マスコミによる日本の毀損という危機感というより絶望感があった。

だが、出なかった判断は結果として正しかった。中国の浸透、マスコミや財務官僚、党内左派の結束は侮れない壁だった。そこで自民党内の保守は逃げず、党内で真正面から闘った。象徴的なのは、防衛増税を巡る自民党会合で怒号が飛び交った一件だ。あの場面は、保守が“お行儀の良いサラリーマン”などではなく、現場で命懸けの論戦をしていた事実を物語る。(TBS NEWS DIG)

そして2025年5月、麻生太郎氏を本部長とする「自由で開かれたインド太平洋戦略本部」が再始動した。ここに保守が結集し、流れは変わった。高市総裁誕生への道筋は、この“分裂ではなく結集”の選択から拓けたのである。(eikei.jp)

高市首相は外交でも日本の「霊性の文化」を体現し始めている。韓国・慶州での首脳会談に先立ち、日韓両国旗に向けて深く一礼した所作は、屈従ではなく“相手の象徴への敬意”という日本的礼節そのものだ。礼を尽くし、相互の尊厳を起点に対話を始める――その一瞬に、争いを前提にしない力の行使があった。(Alamy)

ここに「改革の原理としての保守主義」が重なる。保守とは、古びた制度にしがみつくことではない。受け継ぐべき原理を守りながら、時代に合わせて形を大胆に変える胆力である。伝統の根を守り、枝葉を剪定する。その作法で政治を“浄化”し、社会を“調和”へ導く。だからこそ、今は拙速に旗を振る時ではない。党の信頼を磨き、生活の実感を作り、政権の枠組みを定める。順序を守ってから、堂々と信を問う。

最後にもう一度だけ言う。焦って解散はしない方がいい。高市政権は、霊性の文化が教える「時を待つ徳」と、保守が示す「原理に立脚した変革」を重ね合わせ、春に勝つ準備を整えるべきだ。数字は待ってくれる。だが、信頼は準備の先にしか生まれない。

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2025年11月3日月曜日

山上裁判が突きつけた現実──祓(はら)いを失った国の末路


まとめ

  • 山上容疑者の「宗教二世の悲劇」は虚構であり、父の自殺や母の破産、兄の病など主要な不幸は統一教会入信以前または本人の自立後に起きているため、宗教との因果関係は薄い。
  • 日本人の「霊性の文化」とは、他人を責めず己を省みる心であり、神道の祓(はらい、祓え)に象徴される内省の倫理が潜在意識に根づいてきたが、現代はそれを失い外に敵を求めるようになっている。
  • マスコミは事実の検証よりも感情を優先し、全国紙が同じ見出しで報道するなど「第二の加害」とも言うべき同調報道を行い、社会全体が山上の誤った因果を共有する結果になった。
  • 事件そのものにも、警備の不備、発砲音や煙、弾道と致命傷説明の矛盾など多くの不審点があるにもかかわらず、報道は「宗教問題」へ論点を固定した。
  • 安倍暗殺は日本人の精神性崩壊の象徴であり、「日本死ね」「安倍政治を許さない」などの言葉の暴力がその前兆で、現在の高市早苗氏へのマスコミ攻撃もその延長線上にある。

安倍晋三元首相が凶弾に倒れてから三年。奈良地裁で続く山上徹也被告の公判は、いまも世論を揺らしている。
検察は計画的な殺人として死刑を求める構えを見せ、弁護側は「母親の信仰に苦しんだ宗教二世の悲劇」として情状酌量を訴える。だが、法廷で明らかになりつつある事実は、マスコミが作り上げた“物語”とはあまりに違う。
本稿では、山上の生い立ちを時系列で整理し、統一教会との関係を冷静に見直した上で、事件を覆う報道の異様さと、日本人が忘れかけた「霊性の文化」の視点からこの事件の本質を考えたい。

1️⃣山上の境遇を時系列で検証する──「宗教二世の悲劇」は虚構である


山上徹也の人生は「宗教に翻弄された悲劇の息子」としてセンセーショナルに語られてきた。だが、事実を時系列で追えば、その構図は根底から崩れる。

父親の自殺は1984年。母親が統一教会に入信する七年前のことであり、当時、彼女が傾倒していたのは別の団体「朝起き会」だった。兄の小児がんも信仰とは無関係の病気である。母親が破産したのは2002年。山上はすでに海上自衛官として自立しており、妹も十九歳。母の破産が家庭を崩壊させたとするのは不自然だ。むしろ子どもが巣立った後に信仰にのめり込み、資金を使い果たした結果の破産だったと見る方が筋が通る。

山上自身の自殺未遂も、本人が語る「兄妹の生活費のため」という説明には無理がある。当時、妹は成人しており、兄も高校を卒業していた。生活を支える必要性は乏しく、むしろ山上自身の精神的な混乱が原因だったと考えられる。
さらに兄の自殺(2015年)を宗教のせいにする根拠もない。教育面の報道にも誤りが多く、「同志社中退」「京大に入れた」という話は事実ではない。母親は息子を名門高校に通わせており、妹も宗教による被害を否定している。

こうして整理すれば、山上家の不幸の多くは統一教会入信以前、あるいは本人が自立した後に起きている。つまり、「宗教が家庭を壊した」という構図は成り立たない。山上は、己の不幸を宗教のせいにし、さらにそれを政治的対象にすり替えた。彼は“被害者”ではなく、誤った因果を信じた“加害者”だったのである。

2️⃣日本人の「霊性の文化」──無意識に受け継がれる心の規律

日本の霊性の文化とは、他人を責めず、まず自らを省みる心の在り方である。古来より我が国では、災いや不運に直面しても、外に原因を求めず、己の内を清めようとしてきた。神道の祓(はらえ)は、悪を他者に転嫁するための儀式ではなく、心を正し、穢れを祓う行為である。

この精神は、多くの日本人が明確に意識しているわけではない。だが、無意識のうちに深く刻み込まれている。
神社の鳥居をくぐるときに自然に一礼し、墓前に立てば静かに手を合わせる。その姿に、我が国の霊性の文化は今も息づいている。善悪を超えて“清め”を尊び、自然との調和を重んじる感覚――それが日本人の魂の奥底にある。


霊性の文化は、特定の宗教を信じることではない。
自然、祖先、社会の秩序と調和して生きようとする心の態度だ。古来の神道においても、悪を罰するより、まず心を整えることが重んじられた。行いを正し、他人を思いやり、争いを避ける。その積み重ねが「和」を生んだ。
しかし、近代以降の合理主義が進む中で、この精神は言葉を失った。だが、それでも日本人の潜在意識の奥には今も息づいている。

この霊性を忘れたとき、人は不幸の原因を外に探し、他者を責め始める。山上の行為は、まさにその典型であった。自らの苦悩を省みず、外に敵を作って憎悪に変える。霊性を失った現代日本の危うさが、そこに凝縮されている。

3️⃣報道の同調と「第二の加害」──そして事件に潜む不可解な闇

本来、事実を冷静に伝えるべきマスコミが、この事件では感情を煽る役割を果たした。
父の自殺、母の破産といった時期の異なる出来事を一括りにし、「宗教二世の悲劇」と報じ続けた。事実の検証より“共感”を優先し、山上の動機を美化した報道があふれたのである。

特に異様だったのは、暗殺の翌日、全国主要紙の一面見出しが軒並み同じ構成だったことだ。
「銃撃」「旧統一教会」「安倍元首相と宗教団体」――この三語が全国の紙面を埋め尽くした。まるで一つの脚本に基づいていたかのように、どの社も同じ語り口で事件を描いた。
異なる編集方針を掲げる新聞が、同じ方向へ一斉に流れる。その同調ぶりは、日本の報道界に根深い“忖度”と“自己検閲”の存在を示していた。

安倍氏暗殺の翌日の主要紙、地方紙新聞見出し

報道が同じ方向を向いた瞬間、社会は思考を止める。
「なぜ守られなかったのか」「なぜ撃たれたのか」という根源的な問いがかき消され、「統一教会と政治」という筋書きだけが残った。
これこそが“第二の加害”である。山上が抱えた誤った因果を、マスコミが国民全体に拡散させたのだ。

さらに事件そのものにも、いくつもの不可解な点が残っている。
SPの動きの遅さ、発砲の間隔、弾道の方向、そして未発見の弾丸。映像では花火のような鈍い音と白煙が映り、黒色火薬の使用をうかがわせるが、警察の説明は「無煙火薬」だった。医療側は「頸部損傷」、警察は「上腕損傷」と説明を変え、致命傷の特定も揺れている。
単独犯が自作の銃でこれほどの威力を再現できたのか――疑問は残る。

だが、マスコミはこれらを深く掘り下げず、「宗教問題」としての枠に押し込めた。結果、事件は「安倍政治の終焉」という政治的物語にすり替えられた。まるで銃弾ではなく、情報の奔流が安倍晋三を葬ったかのようだった。

我が国の霊性の文化は、本来こうした「不可視の悪意」を察する感性を持っていた。
だが現代の日本は、その直観を失い、表面的な物語に酔っている。安倍晋三という政治家の死を、誰がどう利用したのか――そして、本当に山上単独による犯行だったのか。その前提すら疑う勇気を、私たちは取り戻さねばならない。

それこそが、我々が見失った「真実への祓い」の道である。

4️⃣精神の崩壊としての暗殺──「言葉の暴力」が生んだ日本の危機


安倍晋三暗殺事件は、単なる政治テロではない。
それは、日本人の精神が崩れかけていることを示す“鏡”だった。

「日本死ね」――この言葉が流行語大賞に選ばれたとき、私は背筋が凍った。
「安倍政治を許さない」「安倍を叩き切ってやる」「安倍が死んでよかった」。
これらの言葉は、事件の数年前から社会に充満していた“怨嗟の毒”である。
それを、政治的主張の一部として拍手喝采したメディアや知識人がいた。
その瞬間、我々はすでに“言葉の殺人”を始めていたのだ。

安倍の命を奪った銃弾は、冷たい金属ではなく、長年積み重なった憎悪の言葉が形を変えたものだった。
この事件は、一人の男の狂気ではなく、社会全体が育てた“集団の病”である。
日本人が長い歴史の中で培ってきた「祓い」「慎み」「敬い」の心が失われ、
罵倒と正義が混ざり合う“暴言の時代”が生まれてしまった。

この流れは今も続いている。
マスコミが高市早苗氏を標的にし、根拠の薄い疑惑を繰り返し報じる姿は、
まるで“第二の安倍狩り”だ。
彼女が女性であれ保守であれ関係ない。
「憎む相手を作り、集団で叩く」――それが今の日本社会の快楽になっている。
これほど霊性を失った姿があるだろうか。

かつて日本人は、他人の不幸を喜ぶことを恥じとした。
他者を悪しざまに罵れば、自分の魂が穢れると知っていた。
だが今や、言葉の刃を振るう者が“正義”の顔をしている。
これこそ、日本人の精神性崩壊の危機である。

安倍暗殺事件は、その頂点だった。
山上が引き金を引く前に、すでに我々は「祓い」を忘れ、
言葉で互いを撃ち合う国になっていたのだ。

霊性を取り戻さねば、この国は再び誰かを“正義”の名のもとに殺すだろう。
安倍晋三の死を無駄にしないために、我々が向き合うべき敵は他人ではない。
それは、我々自身の心の荒廃である。

そして、この言葉は決して「リベラル・左派」などにだけ向けられたものではない。
自らを「保守」と呼ぶ人々が、これを他人事として切り捨てるなら、それこそが霊性を失った証である。
「霊性の文化」とは、信条や立場の違いを超えて、己の内に潜む驕りと憎悪を祓い清める力のことであり、
それを欠けば、右も左も同じく“正義”という名の暴力に呑まれる。

保守であれリベラル・左派であれ、真の危機は思想の違いではない。
我々一人ひとりが、言葉の刃で他者を断罪し、自らの心を荒らしてゆくことこそが、この国を蝕む病である。
「霊性を取り戻す」とは、信念を捨てることではなく、信念を祓い清めてもう一度“祈りの国”を思い出すことなのだ。

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2025年11月2日日曜日

高市外交の成功が示した“国家の矜持”──安倍の遺志を継ぐ覚悟が日本を再び動かす


まとめ
  • 高市首相は就任直後から迅速に外交を展開し、米・印・ASEANとの関係を再構築した。2025年の習近平主席との会談では日中対話を復活させ、これは自民党の戦略本部が事前に高市政権を想定して準備していた成果である。
  • 高市外交の根底には、安倍晋三の「自由で開かれたインド太平洋」構想があり、理念と現実を結ぶ「対話による抑止」を実践した点に真価がある。安倍が築いた戦略的一貫性を忠実に継承した。
  • 安倍・菅政権は国債発行による約100兆円の補正予算で失業率と医療崩壊を防ぎ、総需要・雇用・医療を同時に守り抜いた。まさに我が国財政政策の世界に誇れる金字塔である。財務省は緊縮論崩壊を恐れ沈黙した。
  • 岸田政権の「新しい資本主義」、石破政権の「新しい安全保障」などは耳障りの良いだけのスローガンで、安倍の成功モデルを放棄した結果、外交は迷走し経済も停滞した。言葉だけの“新しさ”が国家を鈍化させた。
  • ドラッカーの説く「改革の原理としての保守主義」は、安倍政権の成功を導いた実証の原理である。岸田・石破両政権はこれを無視して失敗したが、高市政権は再びこの王道に立ち戻り、日本再生の道を示した。
1️⃣高市外交の即応力と戦略的勝利


高市早苗首相は就任直後から、驚くべき速さで外交を動かした。米国のトランプ前大統領との会談を皮切りに、インドのモディ首相、ASEAN諸国の首脳らと相次いで協議を行い、短期間で日本外交の信頼を取り戻した。こうした一連の成果の頂点が、2025年10月31日、韓国・慶州で行われたAPEC首脳会議での中国国家主席・習近平との会談である。

この会談で両首脳は、「相互利益を高める関係を築く」と確認し、長く停滞していた日中高官レベルの対話を再開させた。日本側は東シナ海や南シナ海における中国の活動、希土類輸出規制、日本人拘束事件などの懸案を率直に伝えた。高市外交は、対立でも融和でもない。“言うべきことは言う”という現実的外交だった。これは安倍晋三が打ち立てた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の理念を、実際の行動に移したものである。

多くのメディアは、会談の成果よりも「実施された」という事実だけを淡々と報じた。だがその裏には、緻密な準備があった。2025年5月、自民党「自由で開かれたインド太平洋戦略本部」は麻生太郎副総裁を本部長に、前国家安全保障局長の秋葉剛男氏を招き、次期政権の外交方針を具体的に検討していた。高市政権の誕生を見越し、政権発足と同時に外交を再始動できる体制が整えられていたのだ。

高市外交の即応力は偶然ではない。党の設計力、政府の実行力、そして安倍晋三が遺した国家戦略が、すべて噛み合った結果である。安倍外交を忠実に継承しつつ、より現実的な判断で国益を守る――それが高市外交の真の力である。

2️⃣危機を乗り越えた財政の金字塔と沈黙する財務省

高市外交の背景には、安倍・菅両政権が築いた経済政策の成果がある。新型コロナの危機に際し、政府は増税を行わず、国債発行による約100兆円規模の補正予算を決断した。雇用調整助成金や持続化給付金などの制度が機能し、失業率は3%台に抑えられた。欧米で見られたような急激な雇用喪失も、医療崩壊も起こらなかった。

この三本柱――「総需要の維持」「雇用の確保」「医療体制の維持」――を同時に達成した国はほとんどない。まさに我が国財政政策の世界に誇れる金字塔として記録されるべき成果である。

現財務次官新川浩嗣氏

しかし、メディアはこの因果をほとんど報じなかった。そのため、菅政権はあたかもコロナ対策に失敗したかのようにマスコミなどに扱われ、短命に終わったが、岸田政権の半ばまで経済が比較的安定していた理由を、多くの国民が理解できなかった。財務省もまた、この成功には一切触れなかった。安倍政権が「増税なき国債発行」で危機を乗り切ったと認めれば、「国債=将来世代への負担」という彼らの持論が崩れるからだ。下手に批判すれば、緊縮財政の誤りが露呈し、積極財政の正しさが明らかになってしまう。ゆえに財務省は沈黙したのである。マスコミも右に倣えだった。

岸田・石破両政権は、安倍流の積極財政を受け継がず、財務省の意向に沿って緊縮へ舵を切った。安倍が築いた「すでに成功した方法」を捨て、“耳障りの良い理想”を掲げるだけの政治に転落した。その象徴が岸田政権の「新しい資本主義」である。格差是正と成長の両立をうたいながら、実際には増税と配分偏重を正当化する口実にすぎなかった。石破政権も「新しい安全保障」「持続的共生社会」といった曖昧な言葉を並べたが、現実を動かす力は何一つなかった。

安倍時代に証明された成功の方程式――経済・安全保障・外交を一体で動かす国家運営――を捨て、「新しさ」を演出するだけの政治に堕したことこそ、日本衰退の最大の要因である。それを高市総理はしっかり認識している。

3️⃣「改革の原理としての保守主義」──安倍の遺産を継ぐ高市政権

衆院本会議で、立民主議員の質問を聞く安倍首相(右)と高市総務相(肩書は当時)=2020年2月13日

高市早苗の政治姿勢の根底には、安倍晋三が遺した思想がある。その考え方を最も正確に言い表しているのが、ピーター・ドラッカーの『産業人の未来』の一節だ。
保守主義とは、明日のために、すでに存在するものを基盤とし、すでに知られている方法を使い、自由で機能する社会をもつための必要条件に反しないかたちで具体的な問題を解決していくという原理である。これ以外の原理では、すべて目を覆う結果をもたらすこと必定である。
安倍政権の外交・安保・経済政策は、この原理に忠実だった。理想を掲げながらも、手法は常に現実的であり、実証済みの政策を積み上げて成果を出した。「自由で開かれたインド太平洋」「日米同盟の深化」「国債による機動的財政出動」――いずれも机上の理論ではなく、現実の行動だった。だからこそ、憲政史上最長の政権を築けたのだ。

岸田・石破両政権は、この原理を完全に無視した。安倍の成功を「古い」と切り捨て、「新しい資本主義」「新しい安全保障」といった看板を掲げ、言葉の新しさで中身の空洞を覆い隠した。理念を再定義するふりをして、実績を否定したのである。結果として外交は迷走し、経済は鈍化し、国民の信頼は失われた。両政権の凋落は、政治資金問題でも、統一教会問題でも、派閥政治でもない、本質はすでに成功が実証された安倍路線の継承をしなかったことにある。

ドラッカーの言葉は現実となった。「これ以外の原理では、すべて目を覆う結果をもたらす」。岸田・石破政権の失敗こそ、その実例である。だが一方で、高市政権は再び安倍が示した道へ戻った。実証された手段を基盤とし、現実を見据えて未来を切り開く――それが“改革の原理としての保守主義”である。

結語

高市早苗の外交は、偶然でも演出でもない。党の戦略、政府の実務、そして安倍晋三が遺した国家理念が一体となって結実した成果だ。理念を現実に変える力、成功した方法を磨き続ける知恵――これこそが真の保守であり、真の改革である。

日本が再び世界で存在感を取り戻すためには、「すでに成功した道」に立ち返ることだ。高市外交の成功は、その第一歩であり、我が国が再び世界の舞台で輝くための確かな道標である。

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秋田に派遣された自衛隊──銃を持たぬ“熊退治”の現実 法と感傷が現場の命を危うくする 2025年10月31日
「熊を撃てぬ国」の続編的記事。法制度の歪みが現場を危険に晒す実態を、現場の証言から描く。

東南アジアを再び一つに──高市首相がASEANで示した『安倍の地政学』の復活2025年10月28日
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米軍「ナイトストーカーズ」展開が示す米軍の防衛線──ベネズエラ沖から始まる日米“環の戦略”の時代 2025年10月24日
米軍の動きを通して、「環の戦略」の全貌と日本防衛の新たな地政学的立ち位置を考察。

日本の沈黙が終わる――高市政権が斬る“中国の見えない支配” 2025年10月19日
情報戦と世論操作の実態に切り込み、高市政権が進めるスパイ取締法構想の背景を明らかにする。

2025年11月1日土曜日

小泉防衛相『原潜も選択肢』──日本がいま問われる“国家の覚悟”

まとめ

  • 2025年10月31日、小泉進次郎防衛大臣が「原子力推進潜水艦も議論対象」と明言し、戦後初めて原潜保有を政策議論の俎上に載せた。背景には中国やロシアの潜水艦活動の活発化と、我が国のシーレーン全域に及ぶ安全保障環境の変化がある。
  • 日本の通常動力潜水艦は世界最高水準にあり、たいげい型を中心に静粛性と造船精度で群を抜く。米海軍関係者からも「日本の通常型は我々の原潜より静か」と評されている。
  • 原潜は長期間の潜航が可能という強みを持つが、原子炉を搭載する以上、完全な無音化は不可能であり、最終的な静寂性では日本の通常型に及ばない。
  • 米国は冷戦期に通常型潜水艦の建造を中止し、現在は原潜しか造れない国になった。日本はその轍を踏まず、原潜と通常型の両輪を維持すべきである。
  • 小型モジュール炉(SMR)を原潜動力として開発すれば、民間と軍事の技術革新が相互に加速し、工場製造による短工期化とコスト削減が可能となり、我が国のエネルギー安全保障と防衛抑止力の両面を強化できる。
1️⃣小泉防衛大臣の発言が示した政策転換


2025年10月31日、小泉進次郎防衛大臣は「すべての選択肢を排除せず、原子力推進潜水艦も議論対象にある」と明言した。長らくタブー視されてきた原潜保有の可否を、政府として正式に政策議論の俎上に載せた発言である。シンガポール紙『The Straits Times』はこの発言を「防衛政策の明確な転換点」と評し、国際社会も強い関心を寄せた。

その背景には、安全保障環境の急速な悪化がある。中国海軍は南シナ海から西太平洋に原潜と攻撃型潜水艦を常時展開し、ロシアの太平洋艦隊もオホーツク海を拠点に活動を強化している。台湾海峡有事を想定した演習が頻発し、日本のシーレーン全域が潜在的な作戦空域と化した。防衛省の有識者会議が2025年9月に公表した「防衛力の抜本的強化に関する報告書」で、「長距離かつ長時間潜航を可能とする潜水艦能力」の必要性が明記されたのは、こうした現実を踏まえてのことだ。日本は今、近海防衛の殻を破り、広域防衛へと戦略を転じざるを得ない。

2️⃣日本の潜水艦技術と静粛性の真価

久慈港上諏訪岸壁に停泊する最新鋭潜水艦「じんげい」 2024年7月13日

日本の通常動力潜水艦は、すでに世界の頂点に立っている。たいげい型をはじめ、川崎重工と三菱重工が手がける艦は、リチウムイオン電池による静音航行、防振構造、吸音タイルの貼付精度など、あらゆる点で群を抜く。米海軍関係者の間でも「日本の通常型は、我々の原潜より静かだ」と評されているほどだ。短期間の潜航では、世界最静音といって差し支えない。

原潜の強みは、燃料補給や充電を必要とせず、数か月単位で潜航できる点にある。海上交通路の監視、インド太平洋全域での情報収集、長期の抑止任務など、行動範囲の広さでは圧倒的だ。しかし、いかに技術革新が進んでも、原子炉を搭載する限り「完全な静寂」は不可能である。自然循環冷却やウォータージェット推進などの工夫によって騒音は劇的に減ったが、タービンの軸音や冷却系のわずかな振動はゼロにはできない。これが原潜という構造の宿命だ。

したがって、「原潜はうるさい」という古い通念は時代遅れではあるが、完全に間違いとも言い切れない。静粛性の最終段階で原潜に勝るのは、依然として電池駆動の通常型である。日本はこの静音技術を極限まで磨き上げており、世界に類例がない。

米国は冷戦期に通常型潜水艦の建造をやめ、今では原潜しか造れない国になった。ディーゼル電動潜水艦のノウハウはすでに失われ、盟友オーストラリアにすら通常型供与ができず、AUKUSで原潜供与に踏み切ったのはその裏返しでもある。日本はこの轍を踏むべきではない。原潜と通常型の両輪を維持し、任務に応じて最適な艦を選べる態勢を保つことこそ、真の海洋国家の戦略的柔軟性である。

3️⃣SMR原潜の現実性と民間技術の加速効果

NuScale Power社のSMR(小型モジュール炉)の1ユニットモジュールの模型

その中で注目されるのが、SMR(小型モジュール炉)を原潜に搭載する構想である。SMRは小型で安全性が高く、自然循環冷却を採用できるため静粛性との両立が図れる。日本では経産省と日本原子力研究開発機構(JAEA)を中心に研究が進み、民間では東芝の4S炉や三菱重工のiSMRなどが開発段階にある。これらは潜水艦用動力に転用しやすい設計思想を持ち、国内技術の蓄積をそのまま防衛分野に活かせる。

SMRを原潜搭載を前提に開発すれば、民間と軍事の両分野が相互に加速する。SMRの特徴はモジュール化と工場製造にあり、量産効果で建設期間を半減できると米国ITIFの報告書も指摘している。 日本政策投資銀行(DBJ)の調査でも、標準化と供給網整備が進めば導入速度が上がり、社会実装への障壁が下がると結論づけられている。

民生と軍事で技術・人材・部品供給を共有できれば、制度的ボトルネックが一気に消える。国家としてのエネルギー安全保障と防衛抑止の両面で、大きな“投資のうねり”を生む。小泉防衛大臣の「選択肢を排除しない」という言葉は、この二つの流れを一本に束ねる号砲にほかならない。

結論

我が国が原潜を持つべきか否か。その議論は単なる装備論を超え、「海に生きる国家としてどこまで責任を負うか」という覚悟の問題である。
静粛性で世界を凌駕する通常型潜水艦を極めつつ、SMRを軸とした新世代原潜の研究を進める。その両輪を維持できるのは、日本だけだ。
原潜に頼り切るのではなく、静けさを極めた通常型を磨きながら、長期行動を支える原潜を育てる。そのバランスを保った国こそ、真に強い海洋国家である。

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アメリカ軍の司令部 「今、中東にいます」潜水艦の位置情報をSNSで投稿!? 異例の行為の狙いとは―【私の論評】日本も見習うべき米軍のオハイオ級攻撃型原潜中東派遣公表の真の意図 2024年12月8日
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2025年10月31日金曜日

秋田に派遣された自衛隊──銃を持たぬ“熊退治”の現実 法と感傷が現場の命を危うくする


 まとめ

  • 秋田県に自衛隊が熊駆除の名目で派遣されたが、任務は後方支援に限られ、銃による駆除は認められていない。法の制約によって現場は危険にさらされ、形だけの対応に陥っている。
  • 北海道などでは猟友会が低報酬と高リスクを理由に協力を拒否しており、積丹町の副議長も「問題は個人ではなく制度と運用にある」と指摘するなど、現場と行政の乖離が深刻化している。
  • ライフル銃の規制強化が熊駆除を困難にしており、安全距離からの射撃が制限され、熟練射手の減少と威力不足の装備が現場のリスクを高めている。
  • 熊の出没は「餌不足」だけでなく、個体数の増加や人間の生活圏拡大、放置農地や生ゴミなどの人為的要因によっても起きており、餌の有無を問わず出没リスクが恒常化している。
  • 熊問題は単なる獣害ではなく、国家の危機管理と安全保障の縮図であり、法と感傷が現場を縛る現状を改め、現実に即した柔軟な運用と理性的な防衛体制の再構築が求められている。

1️⃣撃てない自衛隊と崩れる現場の現実


秋田県でクマによる人身被害が相次いでいる。ついに自衛隊が出動する事態となったが、その任務内容を知って驚いた人も多いだろう。彼らの役割は、箱わなの設置補助や駆除個体の搬送といった後方支援に限られ、銃による駆除は行わないという。だが、誰もが抱く疑問はひとつである。それなら、なぜ自衛隊が行くのかということだ。

今回の派遣は「自衛隊法第83条」に基づく災害派遣であり、治安維持や有害鳥獣駆除ではなく、あくまで自治体の支援が目的である。自衛隊は警察権も狩猟権も持たず、熊を撃ち殺すことは法律上できない。彼らが担うのは、危険地帯の警戒やワナ設置の補助、捕獲後の搬送といった作業にすぎない。つまり、熊退治のための出動ではなく、被害の後始末のための出動である。

この「撃てない」現実の背景には、もっと深い構造的問題がある。北海道奈井江町で猟友会が報酬の低さから協力を拒否した事件(2024年5月)に続き、2025年秋には積丹町でも同じような事態が起きた。副議長を務める猟友会関係者は、出動停止の背景について「個人の問題ではなく、危険業務に見合う報酬や役割分担、手続・責任の所在など制度・運用上の課題が大きい」との趣旨を示していると報じられている。出動要請に応じなかった背景には、危険な任務に対して報酬が見合わず、責任ばかり押しつけられるという現場の不満がある。熊が頻発しているにもかかわらず、行政と現場の間に深い溝があるまま問題が長期化しているのだ。

こうした状況は、秋田の派遣にも通じる。現場は限界にあり、猟友会は高齢化し、夜間出動や山中での活動が難しい。警察や自治体職員には銃器の扱いができない。ヒグマの出没は年々市街地に迫り、農作物を荒らし、人を襲う。2024年の秋田県では人身被害が過去最多を記録した。機動力と安全管理能力を備えた自衛隊の出動は当然の流れだが、彼らには撃つ権限がない。命を守る力を持ちながら使えないという、この歪んだ構図が続く限り、根本的な解決は望めない。
 
2️⃣銃を縛る法と熊を呼ぶ社会構造

さらに、銃規制の硬直化が事態を悪化させている。ハーフライフル銃の所持条件が厳しくなり、散弾銃の長期所持が前提とされた。安全距離からの正確な射撃が難しくなり、熟練射手が減少したことで、駆除は一層危険な近距離戦に変わった。これは、安全のための規制がかえって現場の安全を奪っているという皮肉な結果である。

このように、人材の枯渇、装備の制約、法の硬直が三位一体となって、現場を追い詰めている。自衛隊員が銃を使えるのは正当防衛や緊急避難に限られ、熊を危険動物として射殺するには知事の許可と狩猟免許が必要だ。だが、熊に襲われたときにそんな手続きをしている暇はない。人命を守るための行動が、法の網に阻まれているのだ。

市街地を当たり前に彷徨くようになった熊

一方で、熊の出没増加には生態的な背景もある。多くの報道では「木の実やサケの不漁による餌不足」が原因とされるが、これは一面的な理解にすぎない。確かに、北海道東部ではサケの遡上減少やドングリの不作が確認されており、栄養状態の悪い個体が人里に出てくる事例はある。しかし、環境省や複数の研究報告によれば、ヒグマの個体数自体が増加しているほか、人間の生活圏が拡大し、森林と住宅地の境界が曖昧になったことが、出没増の主因とみられている。

さらに、放置農地や果樹園、生ゴミ置き場など、人間が生み出した“餌場”に依存する個体も増えている。つまり、熊は「餌がないから」ではなく、「人里の方が手っ取り早いから」出没するケースも多いのだ。餌が豊富な年でも個体数が多ければ競争が激しくなり、人里に出る熊は一定数現れる。こうして、「餌不足の有無を問わず」出没のリスクは恒常的に高まっている。

専門家の分析では、過去30年でヒグマの生息域は拡大し、東北地方では“餌が足りている年”でも人里出没が増える傾向があるという。原因は単なる山の不作ではなく、個体数の増加、里山管理の崩壊、人手不足による巡回減少といった社会構造の変化である。要するに、山ではなく社会が熊を呼び寄せているのである。
 
3️⃣感傷では命を守れない──制度と現場の再設計を

北海道紋別市で射殺された体重400キロにもなるオスのヒグマ(2015年9月
)
このブログでも指摘したように札幌市手稲区での連続目撃も、こうした問題の延長線上にある。住宅地のすぐ近くで熊が目撃され、早朝には道路を横断する姿まで報告された。もはや“山の出来事”ではない。行政の対応が遅れれば、被害が出るのは時間の問題だ。自衛隊の派遣は機動的対応として意義があるが、最も危険な局面での判断と行動を現場に委ねられない仕組みのままでは、迅速な対応は望めない。

秋田の自衛隊派遣は、地方の危機管理の限界を映す鏡である。熊の駆除は単なる動物対策ではなく、人命を守る安全保障そのものだ。老朽化した行政組織、過剰な規制、そして感情的な「かわいそう」論が絡み合い、現場の力を奪っている。

札幌市手稲区の記事で私が指摘したように、駆除は人間のエゴではなく地域社会を守るための義務である。動物愛護の感傷に溺れて「撃つな」と叫ぶ人々は、三毛別や紋別での400キロ級のヒグマを知らない。私が2016年のブログ記事で指摘したように、北海道では学生がヒグマに遭遇した事例もある。現場を知らぬ議論は、結局、命を軽んじることになる。

積丹町の副議長が示した「問題の核心は個人ではなく制度とその運用にある」という趣旨の主張には、今回の構図が凝縮されている。制度が現場を縛り、現場が逃げ、そして国家が後追いで自衛隊を出す。これがいまの日本の熊問題であり、同時に日本の安全保障の縮図でもある。

熊との戦いは、単なる自然保護の議論ではない。人間社会の秩序と生命を守るための戦いである。法律が人を守るためにあるのなら、現場の命を守れるよう柔軟に運用されるべきだ。規制の理念を否定する必要はない。しかし、規制のために人命が失われるなら、それは本末転倒である。人を守るために法を変える。そこにこそ、現代の「国防」の本質がある。

秋田の山奥で熊と向き合う自衛隊員、低報酬に苦しむ猟友会員、そして都市の縁で不安に怯える市民――この三者の姿が交わる場所に、今の日本の危機管理の縮図がある。感傷では命を守れない。現実を直視し、人間社会の安全を守るための法と制度を立て直す時が来ている。
 
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札幌市手稲区の住宅地周辺で相次ぐ熊の目撃情報をもとに、地域社会が直面する現実の脅威を描き、「駆除は人間のエゴではなく、安全保障の一環である」と論じた。

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長万部キャンパスでの熊遭遇注意喚起と、紋別の400キロ個体事例を紹介。動物愛護の感傷が現実の危険に勝てないことを、早くから指摘。

2025年10月30日木曜日

ロシアの“限界宣言”――ドミトリエフ特使「1年以内に和平」発言の真意を読む


まとめ
  • 2025年10月29日、サウジ・リヤドの投資会議でキリル・ドミトリエフ特使が「1年以内に和平」と発言。投資家とアメリカに向けた安心と交渉のシグナルであり、ロシアを和平主導国として見せる戦略的演出だった。
  • ドミトリエフはスタンフォード大学出身の投資家で、ロシア直接投資基金(RDIF)トップ。プーチン政権の経済・外交をつなぐ“財政戦略家”として、経済カードを用いた停戦ムード作りを担っている。
  • ロシアは人的損耗、装備喪失、財政赤字、産業疲弊に苦しみ、長期戦を維持できる体力を失いつつある。「1年以内に和平」という発言は、裏を返せば“あと1年が限界”という現実認識を反映している。
  • 戦車3,000両超、死傷者100万人規模、北朝鮮製弾薬への依存など、ロシアの継戦能力は急速に低下。国防費はGDP比6%を超え、国家福祉基金の取り崩しで軍費を賄うなど、経済基盤は脆弱化している。
  • 日本は感情論ではなく現実主義で対応し、エネルギー調達の多元化、制裁の実効性確保、地政学リスクへの備え、ウクライナ復興への経済参加を通じて、停戦後の国益確保を図るべきである。

1️⃣「1年以内に和平」の真意――市場とワシントンへの同時メッセージである

サウジアラビア・リャド投資会議

ロシアのキリル・ドミトリエフ特使(ロシア直接投資基金〈RDIF〉トップ、国際経済・投資協力担当)は、サウジアラビア・リヤドの投資会議で「ウクライナ戦争は1年以内に終わる」と述べた。

発言の場は公開の投資フォーラムであり、言葉の矛先は二つある。第一に、原油・ガス・資金の循環をにらむ市場関係者への安堵シグナル。第二に、米政権中枢――直近で会合したトランプ政権側関係者――への“交渉は前に進む”という政治的合図である。

ロシア側は「米・サウジ・ロシアという資源大国の協調」を強調し、地政学リスクの沈静化と投資正常化を同時に演出した。リヤドという舞台設定そのものが、資源と投資の回路を意識した戦略だった。

発言は2025年10月29日、リヤドの投資会議でのもの。直前週には、同氏の訪米と米側要人との接触が報じられている。

この男――キリル・ドミトリエフとは何者か。スタンフォード大学出身の投資家で、ゴールドマン・サックスを経てロシア直接投資基金の初代CEOに就いた。プーチン政権の経済戦略を支える“財政と外交の中継点”であり、海外資本との交渉を担うエリート官僚だ。

つまり彼は、単なる経済人ではなく「投資と政治を同時に動かす仕掛け人」である。今回の発言も、市場の不安を抑えながら、米国に対して「ロシアは和平を主導する立場にある」と印象づける狙いが透けて見える。彼は経済カードを駆使して停戦ムードを演出する役割を果たしているのだ。
 
2️⃣裏返しの意味――ロシアの継戦体力は“壁”に近づいている


「1年以内に和平」という言い回しは、ロシアが無期限の持久戦を選べない現実をにおわせる。人的損耗、装備の枯渇、弾薬・機器のサプライ制約、財政・マクロの歪み――どれも“少しずつ効く”が、積み上がると止血が要る。ロシア国内でのガソリン価格急騰・供給問題は、まさに「戦争・経済・国家体制の三重圧力」の中で、ロシアの継戦・持久能力が限界に近づきつつあることを示す シグナルとみることができる。

ロシアは予備装備の引っ張り出しと改修で弾力を見せてきたが、前線の消耗ペースと背後の補充ペースの差は埋まり切らない。ドローンと長射程で後方を叩かれる構図は定着し、国内インフラ・精製所・輸送の復旧コストが財政をじわじわ圧迫している。

人員面では、追加動員の政治コストが上がり、刑務所・周縁地域からの動員に頼るほど、部隊の質・統制・士気のばらつきが増す。経済は軍需で見かけの成長を演出できても、実生活のインフレと金利で“疲れ”がたまっている。

だからこそ「1年」という期限付きの“楽観”を、投資家とワシントンに投げてきたのである。発言の最後に「我々はピースメーカーだ」と重ねたのも、停戦の主導権を自分たちに引き寄せたいからだ。
 
3️⃣日本の選択――資源・制裁・安全保障を一本の線で貫け


日本は、資源市場と金融の安定を最優先しつつ、対露制裁の実効性と国益の均衡を取らねばならない。

第一に、LNG・原油の多元調達と長期契約をてこに、価格変動と供給途絶への耐性をさらに厚くすること。

第二に、対露テクノロジー流出と資本還流の“抜け穴”を塞ぐ国内執行を強化し、同盟・有志国の輸出管理と足並みを揃えること。

第三に、黒海・バルト・北極圏で進む新しい回廊の地政学に目を配り、インド太平洋側の抑止と経済安全保障を噛み合わせること。そして最後に、ウクライナ支援の継続と復興局面の経済参加――エネルギー、交通、デジタル――を、官民で“事業化”しておくべきだ。

日本の強みは、感情で揺れない現実主義と資金・技術・調達の組み合わせにある。ここを磨けば、停戦の“翌日”に国益を取りこぼさない。岸田、石破両政権には国益毀損の危機が常につきまっとていたように見えたが、高市政権ではそのようなことはないだろう。
 
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北極・バルトの回廊とサプライ・シーレーンを重ね、エネルギー・海運・安全保障を一本の戦略に束ねる必要を説く。

2025年10月29日水曜日

安倍構想は死なず――日米首脳会談が甦らせた『自由で開かれたインド太平洋』の魂


まとめ

  • 高市首相とトランプ大統領が日米同盟を「安全保障・経済・技術」を貫く総合戦略へ拡張した。
  • 高市氏が政調会長時代に立ち上げた「FOIP戦略本部」は自民党の正式組織で、2025年5月に再始動した。
  • FOIPの理念は安倍晋三元首相が提唱し、高市政権が継承・発展させる。
  • 会談では防衛と資源協力を軸に、同盟の現実的な地盤を固めた。
  • 日米首脳会談最大の成果は、安倍構想の理念を「標語」から「運用」へ転換し、FOIPを実務として再起動させたこと。
2025年10月27〜28日に東京で行われた日米首脳会談は、同盟の重心を改めてインド太平洋戦略に据え直す節目となった。高市早苗首相はトランプ米大統領と会談し、同盟を安全保障だけでなく経済・技術まで貫く「総合戦略」へ拡張する姿勢を明確にした。会談当日、日本政府は首脳会談・署名式・ワーキングランチの実施概要を公表しており、実務協議が連続して行われたことが分かる。(外務省)
 
1️⃣高市外交の原点──党の正式組織「FOIP戦略本部」

自民党「自由で開かれたインド太平洋戦略本部」の初会合であいさつする麻生最高顧問(党本部5月14日)

この再起動には前史がある。高市氏が政調会長時代に立ち上げた「自由で開かれたインド太平洋戦略本部(FOIP)」は、自民党の正式組織であり、単なる保守馬議員などの勉強会や議連とは異なる。岸田・石破両政権において長らく休眠状態だったものが、2025年5月14日に本部は再始動し、麻生太郎最高顧問が本部長に就任。

秋葉剛男前国家安全保障局長らを招いて、日本が複雑化する国際環境でいかに外交を主導するべきかを議論し、「日本が世界の架け橋となり、FOIPを軸に国際社会をリードする」方針を確認した。この経緯は党公式サイトと機関紙に記録が残る(自民党)。この動きは、結果的に高市政権の外交路線の原型となり、先の総裁選での勝利、そして第102代内閣の発足へとつながる流れを形づくった。

FOIPはそもそも安倍晋三元首相が世界に向けて最初に打ち出した構想である。2007年、インド国会での演説「二つの海の交わり」で、インド洋と太平洋を「自由と繁栄の海」と位置づけるビジョンが示された。その後、この構想が日本外交の柱として進化した。(外務省)
 
2️⃣防衛と資源で地盤を固める──現実主義の“芯”

日米首脳会談

今回の会談では、防衛面の連携強化と資源・産業協力が並行して動いた。米国と日本は同盟の運用を実務ベースで詰め、地域の抑止と即応を高める方向で一致した。あわせて、クリティカルミネラルやレアアースなどサプライチェーンの強靭化に向けた合意が伝えられ、戦略資源の確保を同盟課題として扱う段階に入った。(Reuters)

経済安保とエネルギーでは、希少資源の多角調達や精錬能力の拡充に加え、原子力分野を含む産業協力が議題となった。要は「防衛と資源」を両輪に、同盟の実効性を底面から押し上げる設計だ。日本側の基本線として、高市政権は所信表明や会見で繰り返しFOIPを外交の柱と位置づけ、ASEANや同志国との連携を強化する方針を公言している。(首相官邸ホームページ)
 
3️⃣FOIPの実務的再起動──“標語”を同盟運用へ


肝心なのは、これら個別合意の背後にある戦略の芯である。今回の首脳会談は、FOIPを“標語”から“運用”へ引き上げた。日本政府は首脳会談の公式記録を示し、米側も来日に合わせて会談や署名の事実が国際メディアで報じられた。安全保障の共同運用、重要鉱物の供給網、テクノロジー協力という三層がかみ合い、同盟の心臓部を再びインド太平洋に置くという意思が可視化されたのである。(外務省)

ここで忘れてはならないのが継承である。FOIPの原点は安倍構想だが、高市はそれを「党の正式組織」という手堅い器で受け継ぎ、政権の政策運用にまで落とし込んだ。政権交代の只中にあっても、首相就任直後の会見で高市はFOIPを外交の柱として推し進めると明言し、実際に今回の会談でそれを動かした。理念から現実へ——この一本筋が通った。(首相官邸ホームページ)

結論は明快である。今回の最大の成果は、希少資源協力そのものでも、防衛費の議論でもない。それらを束ねる“枠”を、もう一度、実務として動かし始めた点にある。安倍が提示した海のビジョンを、高市が党と政権の両輪で運用へ繋ぎ、同盟のエンジンに据え直した。FOIPは再び走り出したのである。(外務省)

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東南アジアを再び一つに──高市首相がASEANで示した日本の役割とFOIPの実務化 2025年10月28日
高市首相のFOIP提案を軸に、分断が進むASEANをどう再結束させるかを具体策で描く。エネルギー連結・供給網強化・現実主義の三点で、今回の首脳会談と地続きの実務路線を示す。

国連誕生80年──戦勝国クラブの遺産をいつまで引きずるのか 2025年10月25日
国連偏向と機能不全を検証し、日本は「同盟と小多国間」で結果を出すべきだと提言。FOIPの価値連携と二国間・小多国間の現実策を後押しする内容。

トランプ来日──高市政権、インド太平洋の秩序を日米で取り戻す戦いが始まった 2025年10月23日
“高市・トランプ同盟”をキーワードに、軍事・経済・技術の三領域で日本が主導を強める必然を論じる。今回の首脳会談の「前章」として最適。

安倍のインド太平洋戦略と石破の『インド洋–アフリカ経済圏』構想 2025年8月22日
安倍FOIPの戦略価値を再評価し、資源分散的なスローガン外交を批判。高市政権の「継承と実務化」という路線の思想的土台になる。

アラスカLNG開発、日本が支援の可能性議論──トランプ政権が関心 2025年2月1日
LNGを梃子にした日米経済安保の新局面を解説。希少資源・原子力に加え、ガス供給網でFOIPを下支えする現実的エネルギー戦略を論じる。

2025年10月28日火曜日

東南アジアを再び一つに──高市首相がASEANで示した『安倍の地政学』の復活

まとめ

  • オーストラリアのスザンナ・パットン(ローウィ研究所副所長)は、2024年9月25日付『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』に寄稿した論考「The Two Southeast Asias」で、ASEANが「大陸」と「海洋」に分裂しつつある現実を指摘した。
  • 高市早苗首相がASEAN会議で掲げた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は重要な理念だが、海洋国家と大陸国家で受け止めに差があり、地域の分断を象徴している。
  • 日本は海洋国家群と安全保障を共有しつつ、大陸国家群とも経済的関係を維持しており、米中対立のどちらにも偏らず両陣営を橋渡しする役割が求められる。
  • ASEANの分断の背景には、電力・資源の格差がある。電力とガスの相互融通ネットワークを構築することが、経済と安全保障の両面で信頼を生み出し、地域の再統合を進める鍵となる。
  • 日本が取るべき道は、再エネ偏重ではなく、LNG・水素・次世代原子力(SMR・核融合炉)を段階的に組み合わせる現実的エネルギー戦略であり、理念ではなく実効性でASEANの一体化を支えることだ。
高市早苗首相は、マレーシアで開かれたASEAN関連会議で外交デビューを果たした。就任直後に東南アジアを選んだのは象徴的だ。地域は米中対立の圧力下で軋み、結束の岐路に立っている。高市首相は安倍晋三氏が掲げた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を前面に掲げ、日本がASEANとともに秩序を守り、繁栄を広げる意思を明確にした。だが、現実の東南アジアはすでに「ひとつ」ではない。オーストラリアのローウィ研究所副所長スザンナ・パットンが指摘するように、ASEANは今、「二つの東南アジア」に分かれつつある。高市首相の外交デビューは、その分断のただ中で日本がどう舵を取るのかを示す試金石となる。

1️⃣スザンナ・パットンの警鐘──「二つの東南アジア」

スザンナ・パットン
オーストラリアのローウィ研究所(Lowy Institute)は、シドニーに拠点を置く同国有数の国際戦略シンクタンクであり、インド太平洋地域の安全保障や外交政策を中心に世界的に影響力を持つ研究機関だ。その副所長を務めるスザンナ・パットン(Susannah Patton)は、東南アジア情勢の専門家として知られる。彼女は2024年9月25日付で米誌『フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)』のウェブサイトに寄稿した論説「The Two Southeast Asias(2つの東南アジア)」(https://www.foreignaffairs.com/)で、ASEANの分断が加速している現実を鋭く描き出した。

パットンによれば、米中対立が激化する中、ASEAN諸国の間には地理的・戦略的な亀裂が生まれつつあり、地域は「大陸の東南アジア」と「海洋の東南アジア」という二つの軸に割れ始めている。大陸側(タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)は地理的にも経済的にも中国と密接で、インフラ投資や経済協力を通じて中国寄りの傾向を強めている。一方、海洋側(インドネシア、マレーシア、シンガポールなど)は、米国や日本、オーストラリアといった域外勢力と連携しつつ、米中の間で均衡を取る姿勢を見せている。

フィリピンは米国との防衛協定を重視し、ASEANの枠組みよりも二国間関係を優先する「例外的存在」として位置づけられている。こうした構図が、従来の「一体的なASEAN」像を崩しつつあるのだ。

FOIPの理念――「法の支配」「航行の自由」「開かれた経済圏」――は、これらの対立する立場をどう調整できるかにかかっている。中国への依存度が高い大陸諸国にとってFOIPは抽象的な理念に過ぎず、海洋諸国にとっては生存戦略そのものだ。この温度差こそが、パットンの言う「二つの東南アジア」の根幹である。

2️⃣日本が担うFOIPの現実的展開

「自由で開かれたインド太平洋」構想を通して、世界平和に貢献し、日本を守り抜く

日本は海洋国家群と安全保障・経済の両面で深く結びつき、海上交通路の安全確保やインド太平洋構想(FOIP)を通じて協力を積み重ねてきた。高市首相がASEAN会議で強調したのも、まさにこの点である。FOIPを現実の協力枠組みへと作り替え、理念を実行力ある政策へと転換する姿勢を見せたことは、ASEAN分断克服に向けた第一歩といえる。

同時に日本は、大陸側諸国とも経済・インフラ協力を続けており、これらの国々が中国の影響下に固定されることは望ましくない。ASEANの一体性が崩れれば、日本は個別対応を迫られ、地域外交の機動性を失う。したがって日本には、海洋諸国との連携を深めつつ、大陸諸国に対しても「中国か米国か」という二択を超えた選択肢を提示する外交力が求められる。

パットンの描く構図は単純な分断ではない。ベトナムやタイのように、陸上国家でありながら海洋安全保障に積極的な国もある。ASEAN諸国の多くは両大国の間でバランスを取る「ヘッジ外交」を採用している。つまり、地域の分断は静的ではなく、揺らぎながら再編されていく過程にある。日本がどのように関与するかで、東南アジアの将来は対立にも、再統合にも向かうのだ。

3️⃣エネルギー連携こそ分断克服の鍵

現在のASEAN分断には一定の必然があるが、それを放置すれば東アジア全体の安定は揺らぐ。日本が果たすべきは、遠慮ではなく前進である。地域を協力の方向へ導く最も有効な手立てが、エネルギー連携だ。

ASEANは経済成長が続く一方、電力・資源構造に大きな格差を抱えている。インドネシアやマレーシアは天然ガスを輸出できるが、カンボジアやミャンマーでは停電が日常化している。発電手段もばらばらで、石炭依存から脱せない国もあれば、再エネ導入で行き詰まる国もある。この不均衡が域内の不信を生み、協力の障壁になっている。

ASEAN諸国各国のエネルギー事情

だからこそ、相互に補い合う「エネルギー融通体制」の構築が急務である。電力とガスのネットワークを結び、危機の際には供給を融通し合う仕組みを築くことで、経済と安全保障の両面で信頼関係が生まれる。エネルギーの安定供給は、FOIPの理念にも通じる「連結性(connectivity)」を実体化させるものだ。

ただし、ここで「再生可能エネルギー偏重」は禁物である。メガソーラー開発が示すように、景観破壊や森林伐採、土砂災害の増加といった負の側面は無視できない。天候に左右される電力は安定性に欠け、結果的に電力コストを押し上げ、地域格差を広げる。理想を掲げるだけの再エネ政策は、ASEANの協力をむしろ壊すことになりかねない。

日本が進むべき道は、現実に根ざした持続可能なエネルギー協力である。当面は液化天然ガス(LNG)を基盤に安定供給網を整え、水素エネルギーの共同開発を進める。日本は天然ガスの生産国ではないが、世界最大のLNG輸入国として、アジアの需給を調整する力を持つ。物理的に在庫を放出して輸出する余力は限られるものの、日本企業は長期契約の柔軟化を進め、余剰分を海外に振り向ける仕組みを確立している。

2023年度にはLNGの対外販売が過去最高を記録し、日本は「ガスを産む国」ではなく「ガスを動かす国」としての地位を確立しつつある。国内需要が落ち着く時期には、契約カーゴを東南アジアに回すことが可能であり、これが地域の電力安定に寄与するだろう。さらに高市政権は原発の早期稼働を目指しており、そうなるとさらに余力が出てくる。

次の段階として、小型モジュール炉(SMR)や核融合炉などの次世代原子力技術を中心に据え、東南アジア諸国が段階的にエネルギー自立を実現できるよう支援すべきだ。化石燃料はその橋渡しの役を担う。理念ではなく実効性。言葉ではなく、稼働する仕組み。これこそがASEANの再統合と東アジアの安定をもたらす現実的な道である。

理念ではなく実務の力――それこそが日本がASEANの分断を超え、再統合を後押しする現実的な道なのである。日本が「つなぐ力」を発揮すれば、分断は協力へと転じる。求められているのは、理想を語ることではない。確かな技術と決断で、東南アジアの未来をともに築く覚悟である。

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