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2026年1月18日日曜日

中国経済の虚構と、日本が持つべきリアリズム──崩壊しないのではなく、崩壊できないのだ


まとめ
  • 中国経済が「まだ持っている」ように見えるのは、強さの証明ではない。問題を解決せず、弥縫策を繰り返してきた結果、崩壊が許されない構造に追い込まれているだけだ。崩れないのではなく、崩れられない。この逆転を理解しなければ、中国経済を見誤まる。
  • しかも、その延命は経済政策だけで成り立っていない。監視と弾圧で不満を抑え込み、日本や西欧を「外部の敵」に仕立てることで、国民の怒りが体制に向かうのを避けている。経済停滞と対外強硬が同時に進むのは、体制維持のために選ばれた必然だ。
  • この構造を最も分かりやすく示すのが台湾問題である。台湾は地政学的争点であると同時に、国内不満を外に逃がすための装置だ。中国経済と台湾問題を切り離して考える限り、我が国は現実を見誤り続ける。

中国経済は崩壊はしていない。GDPは統計上、なお成長を示し、工業生産も完全には止まっていない。そのため、「中国崩壊論は誇張だ」とする声はいまも根強い。しかし、それは中国経済が健全であることを意味しない。問題の核心は別にある。中国経済はすでに、国家の正当性を支える装置として機能不全に陥っているという点だ。

この点については、拙稿
中国経済は『崩壊』していない ──だが中国共産党の正当性は、すでに回復不能点を超えた
で詳しく論じた。そこで示したのは、中国共産党が経済成長という交換条件を失い、体制の正当性がすでに回復不能点を越えているという現実である。

本稿は、その議論を前提に、さらに踏み込む。問いは単純だ。
正当性を失ったにもかかわらず、なぜ中国経済は「今も動いている」ように見えるのか。

1️⃣不可解さの正体──体制優先という国家像


従来から中国経済には、経済合理性だけでは説明できない現象が続いてきた。不動産市場は事実上崩壊しているにもかかわらず、金融危機は表面化しない。地方政府は深刻な債務を抱えながら、破綻処理は行われない。若年失業は社会問題化しているはずなのに、統計から忽然と姿を消した。外資は明確に撤退しているのに、国家は危機感を示さない。

これらは確かに不可解に見える。しかし、不可解なのは現象そのものではない。中国をどのような国家として認識するかという、認識の仕方の誤りに原因がある。

中国を「経済成長を最優先する国家」と認識すれば、これらの動きは理解不能になる。しかし視点を変えれば、すべては一本の線でつながる。中国共産党は、経済よりも体制維持を最優先している。この単純な事実を見落とすと、中国経済は永遠に理解できない。

その典型例が、2020年から2022年にかけてのゼロコロナ政策である。都市封鎖、物流停止、工場閉鎖が繰り返され、中国経済は自ら深刻な打撃を受けた。それでも政策は長期間維持された。経済合理性が優先される国家であれば、早期に修正されていたはずだ。だが、そうはならなかった。ゼロコロナは感染症対策ではない。社会統制の完成度を高めるための実験だったのである。

同じ構図は、民間IT企業への締め付けにも現れている。巨大IT企業は、ある日を境に厳しい統制下に置かれた。問題は独占ではない。国家の管理外で影響力を持つ存在を許さない、ただそれだけの理由だ。さらに象徴的なのが、若年失業率の統計公表停止である。失業を減らせないなら、数字を消す。これは経済を優先する国家の判断ではない。体制の方を重視する国家の判断である。

2️⃣弥縫策の積み重ねと、統治技術による延命

もっとも、中国経済の異様さは体制優先だけでは説明しきれない。もう一つの要因がある。それは、中国経済が問題を解決せず、弥縫策を繰り返してきたという事実だ。

不動産バブルが崩れれば、市場清算は行わず、地方政府や国有銀行に負担を回す。地方政府が行き詰まれば破綻処理は避け、融資を継ぎ足す。失業が深刻化すれば、雇用対策ではなく統計そのものを消す。これらは改革ではない。時間を買うための弥縫策である。

重要なのは、これが一時的対応ではなく、二十年以上にわたり繰り返されてきた点だ。その結果、中国経済は「崩れない」のではなく、崩れきれず、歪みを内部に溜め込み続ける構造になった。外から見れば粘り強く映るが、それは健全さの証明ではない。

中国の監視カメラ

さらに近年、中国共産党の延命は、弥縫策だけでは成り立たなくなっている。経済的な継ぎはぎの背後で稼働しているのが、監視・弾圧・外部敵視という統治技術である。個人の移動、通信、消費、交友関係を可視化し、不満の芽を初期段階で摘み取る。弾圧は全面的ではない。選別的に行い、見せしめと自己検閲によって沈黙を内面化させる。

こうして不満は噴き出さない。しかし消えもしない。行き場を失った怒りは圧縮される。その圧力を逃がすために必要なのが、外部の敵である。経済不振は外国の妨害、技術停滞は西側の制裁、日本や西欧諸国は怒りを受け止めるための格好の対象となる。これは偶然ではない。体制維持に不可欠な工程だ。

ここで、はっきりさせておくべき事実がある。
経済は、適切な形で一度崩壊した方が、国家として健全になる場合がある。

その典型が、1997年の通貨危機を経験した韓国である。韓国経済は当時、財閥主導の過剰投資と不透明な金融慣行によって深刻な歪みを抱えていた。危機は痛みを伴ったが、破綻処理と構造改革を受け入れた結果、財務体質は改善され、企業統治も透明化された。失われた信用は、改革を通じて取り戻されたのである。崩壊は終わりではなかった。再生の起点だった。

さらに遡れば、デンマークもまた、国家としての再出発を経験している。1980年代、デンマークは高失業率、慢性的な財政赤字、競争力の低下という「国家病」に陥っていた。しかし政府は問題を先送りせず、痛みを伴う財政再建と制度改革を断行した。結果として、デンマークは「高福祉・高競争力」を両立する国家へと転じた。ここでも、必要だったのは延命ではなく、一度壊して組み直す覚悟だった。

この二つの事例が示すのは単純な教訓である。
崩壊そのものが国家を滅ぼすのではない。崩壊を恐れて歪みを放置することが、国家を蝕む。

中国経済は、まさにその逆を選び続けてきた。過剰債務は整理されず、不動産バブルは清算されない。問題は解決されることなく、弥縫策によって覆い隠される。その代償として、監視と弾圧が強化され、外部に敵が作られる。これは再生への道ではない。破断を先送りすることで、より大きな不安定を蓄積する道である。

韓国やデンマークが選んだのは、短期的な痛みを受け入れる代わりに、長期的な安定を取り戻す道だった。中国が選んでいるのは、痛みを受け入れずに、国家全体を不安定な均衡に閉じ込める道である。この差は決定的だ。

3️⃣台湾問題は、地政学だけではなく国内統治の延長でもある

この視点から見れば、台湾問題は驚くほど理解しやすくなる。台湾は軍事的要衝である。それは否定しない。しかし同時に、中国共産党にとって国内統治のための装置でもある。

経済不安が高まり、若年層の不満が蓄積する局面で、「統一」という大義は国民の視線を一気に外へ向ける力を持つ。体制が直接批判を浴びそうになるたびに、焦点を外に移す。その役割を、台湾ほど効果的に果たせる対象はない。

注目すべきは、台湾問題が常に温度管理されている点だ。全面戦争に踏み切るわけでもなく、完全に沈静化させるわけでもない。軍事演習、威嚇、強硬な言辞──それらは国外向けであると同時に、国内向けの演出でもある。

中国と台湾

台湾問題が未解決であり続けること自体が、体制にとって都合がよい。解決してしまえば、新たな外部敵視の対象を用意しなければならない。だから中国共産党は、台湾問題を解決しない。使い続ける。尖閣問題も同じ構造である。

ここまで見れば、中国経済の不可解さはもはや不可解ではない。
弥縫策で経済を塞ぎ、監視と弾圧で不満を圧縮し、外部敵視で怒りを転嫁する。この三つが組み合わさることで、中国は「崩れないが、健全でもない」状態を維持している。

しかし、この構造はきわめて危うい。いずれか一つが機能しなくなった瞬間、圧縮されてきたものは一気に噴き出す。そのとき起きるのは、穏健な改革ではない。制御不能な破断である。

日本が警戒すべきは、「中国はいずれ崩壊する」という安易な崩壊論ではない。崩壊自体はプラスとは言えないものの、崩壊してしまえば、現体制は崩れ民主的な体制に転換する可能性がある。真に危険なのは、崩壊しないまま、不安定な状態が長く続く中国である。

幻想にすがる国は、必ず現実に殴られる。
我が国に必要なのは善意ではない。
冷徹なリアリズムである。

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2026年1月13日火曜日

中国経済は「崩壊」していない ──だが中国共産党の正当性は、すでに回復不能点を超えた


「中国経済は崩壊するのか」。
この問いは、極端な悲観論と根拠の乏しい楽観論のあいだを振り子のように揺れてきた。しかし現実は、そのどちらでもない。中国経済は今も動いている。工場は稼働し、街に人はいる。統計上のGDPも存在する。体制が崩壊しようが、何が起ころうが、そこには大勢の人々が存在しており、それらの人々が経済活動をする以上、経済が完全に崩壊することはない。

だが、問題はそこではない。
中国はすでに「回復不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)」を静かに通過した。しかもそれは、単なる景気循環の話ではない。中国共産党がこれまで拠って立ってきた統治の正当性そのものが、成立しなくなったという意味である。

1️⃣経済成長と引き換えに成立してきた統治──「保八」が示していた正当性の最低条件

中国共産党は、選挙によって選ばれた政権ではない。王朝の血統を引き継いだわけでもなく、宗教的権威を持つわけでもない。建国以来、この体制が一貫して抱えてきた根本問題は、「なぜこの党が統治する資格を持つのか」という問いに、制度として答えを持たない点にあった。

毛沢東時代、この問いへの答えは革命の正当性だった。しかし革命の記憶は時間とともに薄れ、文化大革命という破局を経て、共産党はイデオロギーによる正当化を事実上放棄した。その代わりに選ばれたのが、改革開放以降の成果による正当化である。

政治的自由は制限する。言論も統制する。
だがその代わりに、国民の生活水準を引き上げる。昨日より今日が良くなり、今日より明日が良くなる。親より子が豊かになる。この「上昇の実感」こそが、中国共産党と国民のあいだに成立した暗黙の統治契約だった。
この統治契約を、最も端的に数値化した言葉が、かつて中国で常識のように語られていた「保八(バオバー)」である。これは、GDP成長率を年8%前後に維持できなければ、失業と社会不安を抑え込めないという、共産党内部の冷徹な認識を表していた。

重要なのは、「8%」が経済的な理想値ではなく、政治的な最低条件だったという点だ。
急速な都市化、地方から都市へ流入する膨大な労働者、毎年吐き出される大学卒業生を吸収するには、それだけの成長が必要だった。だから地方政府は採算を度外視して投資を重ね、中央政府も成長率の維持を最優先してきた。

この時代、中国共産党の統治正当性は、かろうじて機能していた。自由の制約に不満を抱えながらも、人々は「まだ我慢する価値がある」と思えたからだ。

しかし今、中国経済は構造的にこの水準へ戻れない。人口動態は変わり、不動産依存は限界に達し、債務は積み上がり、生産性は伸びない。保八が常態だった時代の前提条件は、すでに失われた。

決定的なのは、「保八」が単なる数字ではなく、統治正当性の安全弁そのものだったという事実である。この安全弁が壊れた瞬間、成果による正当化は再生産できなくなった。いま起きているのは景気の上下ではない。統治の根拠そのものが枯渇し始めた局面である。

この結果、その歪みは統計や公式発表の中にとどまらず、都市の日常や人々の行動といった「数字に現れない領域」に、はっきりと姿を現し始めている。

2️⃣排水口のない成長モデルが招いた必然──国際金融のトリレンマと回復不能点

中国経済の行き詰まりは偶然ではない。国際金融のトリレンマ──資本移動の自由、為替の安定、独立した金融政策は同時に成立しない──という原理から見れば、中国がいずれ限界に達することは、かなり前から予見可能だった。


中国は、為替の安定と独立した金融政策を優先し、その代償として資本移動を厳しく制限する道を選んだ。この選択は体制維持としては合理的だったが、致命的な副作用を伴った。危機や過剰資本を国外に逃がせない構造を、自ら固定してしまったのである。

この構造は、排水口のない水槽に水を注ぎ続ける姿に似ている。水位は上がるが、余分な水を外へ流す仕組みがない。通常の市場経済では、余剰資金は海外投資として分散される。しかし中国では資本規制によってそれができず、資金は国内を循環するしかなかった。

その行き先が、不動産と地方政府融資平台である。採算が崩れても投資が止まらない異常な状態が長年続いたのは、この制度構造の必然だ。歪みは分散されず、時間をかけて国内に蓄積され、ついに表面化した。これが回復不能点の正体である。

米国の経済制裁や技術規制は、この到達を早めたにすぎない。原因ではない。中国経済は制裁で壊されたのではなく、排水口を塞いだまま成長を続けた結果、自壊したのである。

3️⃣数字に現れない経済停止と、長い内破の始まり

廃墟と化した中国のショッピングモール

この構造的限界は、すでに都市の風景に現れている。一線都市であっても、かつて行列が当たり前だったレストランは空席を抱え、週末の大型商業施設にも人影がまばらだ。地下鉄の混雑緩和も、効率化の成果ではない。通勤そのものが減っている結果である。

地方ではさらに深刻だ。工場は止まり、賃金の遅配や未払いが長期化している。重要なのは、これが一時的な不況ではなく、再起動の見通しが立たないまま時間が過ぎている点である。経済は「止まる」のではなく、「戻らない」状態に入りつつある。

若者も同様だ。問題は失業率の数字ではない。努力しても報われないという確信が広がり、抵抗でも革命でもなく、社会参加そのものから静かに離脱する態度が蔓延している点である。これは体制にとって、暴動よりも危険な兆候だ。

不動産問題は中間層との社会契約を直撃した。引き渡されない住宅、価値が半減した資産、返済だけが残るローン。市場調整は行われず、国有色の強い企業は延命され、損失は個人に押し付けられる。この構造は、体制の支持基盤を内側から侵食している。

ここで起きているのは急激な崩壊ではない。監視と統制が機能している以上、体制はすぐには倒れない。だがその代わりに進行しているのが、経済モデルと統治モデルが同時に寿命を迎える、長い内破である。

結論

中国経済は崩壊していない。しかし、回復できない地点をすでに通過した。それは同時に、「保八」に象徴される経済成長によって支えられてきた中国共産党の統治正当性が、もはや成立しない地点でもある。

この帰結は、外圧によって生まれたものではない。国際金融のトリレンマの下で排水口を塞ぎ、歪みを国内に蓄積し続けた国家モデルの必然的な帰結である。

中国で起きているのは景気循環の失速ではない。
統治の前提そのものが、静かに、しかし確実に崩れ始めているという現実である。

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2026年1月8日木曜日

なぜ消えた国家は突然壊れたように見えるのか ──出生率が告げ、修正不能が決定する「消える国」の法則


まとめ

  • 国家は戦争や革命で突然壊れるのではない。最初に現れる兆候は軍事や政治ではなく、出生率だ。出生率は政策や宣伝では操作できない。人々がその社会に未来を託しているかどうかが、無意識のうちに数字として表れる。国が崩れるとき、結末はすでにかなり前から決まっている。
  • 国家の生死を分けるのは、失敗しない能力ではない。失敗を修正できるかどうかだ。アメリカは日本との戦争、冷戦、そして中国の台頭という大きな失敗を重ねた。それでも体制を保ってきたのは、失敗を語り、検証し、引き返す回路を失わなかったからである。失敗を語れなくなった瞬間、国家は修正不能に陥る。
  • 日本はいま、その分岐点に立っている。出生率は低く、警告はすでに出ている。だが議論があり、減速ができ、失敗を語る余地がまだ残っている。この猶予を使えるかどうかで、我が国が「しばらく続く国」になるか、「突然消える国」になるかが決まる。歴史は、この問いに一度も目をつぶったことがない。

国家は、ある日いきなり崩れる。多くの人はそう思っている。革命が起きた、戦争に負けた、政権が倒れた。だから国が消えたのだ、と。だが歴史は、もっと冷たい顔をしている。国は「突然」壊れるのではない。壊れる前に、必ず前触れがある。ただし、その前触れは静かすぎて、人々が見逃すだけだ。

その前触れとは、戦況でも支持率でもない。出生率だ。そこに最初の亀裂が走る。

1️⃣出生率という最初の警告 未来への信任が消えるとき

合計特殊出生率国際比較 クリックすると拡大します

出生率は、政策の成果を示す数字ではない。人々の生活感覚が、そのまま表に出た数字だ。子どもを産み育てるという行為は、「この社会は続く」という無意識の信任投票である。逆に出生率が落ちるというのは、口では愛国を語っていても、腹の底では「この先が見えない」と感じ始めた証拠だ。

この見方を徹底したのがソ連崩壊を正確に予知したエマニュエル・トッドである。トッドは思想や建前よりも、人口統計という逃げようのない現実を重視した。とりわけ出生率に注目し、国家の寿命を読む材料にした。彼の視点は単純だ。未来を信じる社会は子を産む。未来を疑う社会は子を産まない。そこに飾りはない。

旧ソ連の崩壊は、その典型である。外から見れば軍事力も官僚機構も健在で、体制は盤石に見えた。だが内部では出生率が下がり、人々は体制の先に明るい将来を描けなくなっていた。崩壊は政治事件として突然起きたように見える。だが人口という深層では、すでに「終わり」が始まっていたのである。

ただし重要なのは、出生率の低下だけで国家が即死するわけではない点だ。出生率が落ちたあと、その国がどこへ向かうかを決める決定打がある。それが自己修正できるかどうかだ。

2️⃣修正できる国家と修正不能に陥る国家

2022年来日したエマニュエル・トッド

国家の命運を分けるのは、正しい判断を下す能力ではない。誤った判断を、途中で引き返す能力である。民主主義研究で知られるアダム・プシェヴォルスキの議論も、この方向を指す。民主主義の強みは「常に正しい」ことではない。「誤りを訂正できる」ことにある。国家の寿命を分けるのは正解率ではなく訂正率だ。

この意味で、アメリカは「修正できる国家」の側にある。米国は失策が多い。だが議会、司法、選挙、そして分裂したメディアが、誤りを放置しにくい構造を作っている。混乱はするが、誤りが固定化されにくい。だから体制は続く。

しかし、米国には文明史的に見て決定的な失敗がある。日本と戦争したことだ。これは単なる一つの戦争ではない。太平洋戦争は日米双方に甚大な犠牲を生み、とりわけアジア太平洋の社会基盤を広範に破壊した。勝った負けたで終わる話ではない。米国は勝者として戦後秩序を作ったが、その過程で本来は同盟たり得た文明国家を徹底的に疲弊させ、アジアに空白を生んだ。

その空白を埋めたのがソ連である。戦後、ソ連は一気に台頭し、世界は冷戦へ引きずり込まれた。核軍拡と代理戦争の長い時代が始まった。米国は勝者でありながら、自らが招いた緊張の構造に半世紀近く縛られたのである。

さらに冷戦が終わった後、米国はもう一度、同じ種類の誤りを重ねた。中国を市場経済に組み込めばいずれ民主化する、と読んだことだ。その判断のもとで資本も技術も流れ込み、中国は急速に台頭した。いま米国は、その中国に苦しめられている。日本と戦争し、ソ連を台頭させ、ソ連崩壊後は中国を台頭させる。短期の合理性の積み重ねが、長期では自国を苦しめる構造を作った。

それでも米国が修正不能国家に落ち切らなかったのは、こうした失敗を語り、批判し、検証する回路が完全には塞がれていないからだ。失敗を失敗として語れなくなった瞬間、国家は修正不能へ滑り落ちる。ここが分水嶺である。

対照的に中国は、まさにその分水嶺の危うい側にいる。政策批判が体制批判になりやすく、失敗が可視化されにくい。統計も言論も政治の都合で整えられやすい。出生率という「未来への不信」が数字として表れているにもかかわらず、体制が自己修正を拒めば、遅れて破裂する危険が増す。トッドの警告は、ここで重みを持つ。

もう一つ、国家の生死を左右する要素がある。意思決定のスピードだ。アルベルト・ハーシュマンやチャールズ・リンドブロムが示したのは、速さが必ずしも強さではないという現実である。減速装置を欠く国家は、誤った瞬間に壁へ激突する。

この観点で、日本は特異な位置にいる。我が国の意思決定は遅く、制度変更も重い。平時には欠点に見えるが、誤った方向へ進んだときの減速装置として働く面がある。急旋回できない国家は、致命傷を避けやすい。

もちろん、日本の出生率は低い。トッド的に見れば危険信号である。ただ彼が日本に一定の期待を寄せるとされるのは、出生率の水準そのものではない。低下が比較的緩やかに進み、社会にまだ議論と修正の余地が残っている点だ。政治は遅いが、世論は黙らず、メディアも一枚岩ではない。この「うるささ」は美点とは言い切れないが、国家をいきなり壊さないための余地を残す。

3️⃣歴史が示す結論 なぜ国家は突然消えたように見えるのか

歴史上、消えた国家を思い出せばよい。西ローマ帝国は外敵に押し潰されたと語られがちだ。だが実際には、市民層の縮小、徴税基盤の劣化、社会の疲弊が積み重なり、体制は修正不能の段階に入っていた。外圧は引き金にすぎない。

オーストリア=ハンガリー帝国も同じだ。多民族国家として均衡を保っていたが、人口動態の変化と政治的硬直に対応できず、内部で調整不能に陥った。第一次世界大戦は原因ではなく、崩れを早めただけである。

ユーゴスラビアも示唆に富む。表向きは安定していた連邦国家だったが、経済の歪みと社会の亀裂が進み、異議は修正の材料ではなく分裂の火種として噴き出した。修正できなかった国家は、解体という形で消えた。


これらに共通しているのは、侵略されたから消えたのでも、革命が起きたから消えたのでもない点だ。内部で未来への信任が失われ、それを修正できなくなったから消えたのである。出生率の低下は、その最初の警告として現れやすい。

そして順序は決まっている。出生率が落ちる。未来への信任が揺らぐ。次に、その不信を正面から議論し、制度を作り替え、減速しながら軌道修正できるかどうかが問われる。ここで語れない、直せない、止まれないとなれば、国家は修正不能になる。修正不能になった国家は、見た目の秩序を保ったまま内部で崩壊の準備を進め、最後に「突然」崩れる。

だが本当は突然ではない。出生率が告げ、修正不能が決定し、あとは時間が経過しただけだ。

トッドが日本に向けてきたのは、甘い賛辞ではない。希望というより猶予に近い。まだ修正し、減速し、語り直す余地が残っているという観察である。ならば問うべきは一つだ。その猶予を、我が国は使えるのか。出生率という最終指標が突きつける現実を、政治と社会が直視できるのか。

そこに、我が国が「しばらく続く国」でいられるかどうかの分岐点がある。歴史は、この法則に一度も背いたことがない。

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アングル:欧州の出生率低下続く、止まらない理由と手探りの現実―【私の論評】AIとロボットが拓く日本の先進的少子化対策と世界のリーダーへの道のり 2024年2月18日
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2026年1月2日金曜日

【警告】中国はすでに壊れている──統計が沈黙した国、日本に迫る現実の危機


まとめ

  • 中国経済は「減速」ではなく、統計を封印しなければならない崩壊段階に入っている。若年失業率の公表停止、外資の減速、地方債務の表面化は、すべて公式資料と国際機関が裏づけている。これは噂でも観測でもない。数字が示す現実である。
  • この経済危機は、習近平体制を支えてきた軍の統制と忠誠を内側から揺さぶっている。経済が壊れたまま軍拡を続ける構図は、崩壊直前のソ連と酷似している。台湾侵攻が非現実的な理由も、感情論ではなく公式の軍事分析から説明できる。
  • 中国の不安定化は決して「遠い国の話」ではない。日本に難民が押し寄せ、その中に武装した者が紛れ込む現実的リスクを含め、日本は直接的な安全保障の衝撃に直面し得る。だからこそ「受け入れ拒否を基本、上陸は例外、送還を原則」とする国家方針が不可欠になる。
1️⃣中国経済はすでに「崩壊段階」に入っている


中国経済の異変は、景気の波や一時的な減速といった話ではない。すでに統計そのものを隠さなければならない段階に入っている。これは印象論ではなく、公的資料が示す事実だ。

象徴的なのが、若年層失業率の公表停止である。16〜24歳の失業率が過去最高水準に達した直後、中国国家統計局は突如として当該統計の公表を中止した。この判断とその理由は、官製メディアである China Daily に掲載された国家統計局の説明記事で確認できる(若年失業率の公表停止に関する国家統計局の説明)。
経済が健全な国が、国民の不満を最も端的に映す指標を自ら封印することはない。ここに、中国経済の現在地がある。

外資の動向も同じ方向を示している。中国政府は、対内直接投資(FDI)が減少に転じた事実を公式に認めている(中国政府による2023年FDI動向の統計記事)。中国商務部(MOFCOM)の月次説明を見ても、外資が力強く回復したと評価できる局面には至っていない(MOFCOMによるFDIに関する説明資料)。

地方財政も限界に近づいている。IMFは2024年の中国に対するArticle IV協議で、地方政府融資平台(LGFV)を含む地方債務が、中国経済の構造的リスクであると明記した(IMF 2024年 中国Article IV協議レポート)。中国政府自身もこの問題を否定できず、「隠れ債務」の再編に踏み出していることは、国際報道でも確認できる(地方政府の隠れ債務対策に関する報道(Reuters))。

これらの事実を重ね合わせれば、SNSやYouTubeで示されている都市の空洞化、中間層の縮小、公務員や教育現場の疲弊は、誇張でも悲観論でもない。数字と公式発表が同じ結論を示している。

2️⃣習近平独裁を支える「軍」が内部から揺らいでいる

中国では軍幹部が相次いで失脚

独裁体制の安定は、軍の統制にかかっている。経済が傷んでも、軍が一体であれば体制は持つ。だが、現在の中国では、その前提が静かに崩れ始めている。

軍幹部の相次ぐ失脚、説明のない解任、不自然な退場は、通常の人事交代では説明できない水準に達している。この異常は、外部の公式分析によって裏付けられている。米国防総省が法定で公表する2024年版 中国軍事力報告および2025年版 中国軍事力報告
は、台湾侵攻能力について、上陸作戦、統合作戦、指揮統制の各面で深刻な制約が残っていることを明確に示している。

一方で、中国の軍事費は増え続けている。この事実は SIPRI のデータで確認できる(SIPRIによる2024年世界軍事支出ファクトシート)。
経済が耐えられなくなったまま軍拡を続ける構図は、崩壊直前のソ連と酷似している。

経済的困窮が進めば、国民の不満は必ず「軍事より生活を守れ」という方向へ向かう。そのとき体制は、外から倒されるのではない。内部から瓦解する。

3️⃣中国の不安定化は我が国の安全保障に直結する――受け入れ拒否を基本とし、上陸は例外、送還を原則とせよ

大量のボートピーブルが日本を目指すようになるか・・・・・?

中国で民主化運動が体制転換の主役になる可能性は低い。中国史が示すとおり、体制転換は常に軍主導で起きてきた。最も現実的なシナリオは、軍事クーデターを伴う体制動揺である。

その余波は必ず我が国に及ぶ。最大のリスクは、大規模な難民・避難民の発生だ。ウクライナ戦争では、短期間で数百万人規模の避難民が生じたことが、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のデータで確認されている(UNHCR ウクライナ避難民データ)。EU各国が付与した一時的保護の人数も、Eurostatの公式統計が示している(Eurostatによる一時的保護統計)。

ここで、最も重要な点を直視しなければならない。
難民は必ずしも丸腰の民間人だけではない。

この点について、かつて 麻生太郎 氏は、国会答弁などで「難民の中には武装した者が紛れ込む可能性がある」と警告した。これは差別的な言辞ではない。内戦や体制崩壊が起きた地域では、武器を保持したまま国境を越える集団が発生する例が、世界各地で繰り返し確認されてきた現実である。

したがって、日本が取るべき方針は明確だ。
受け入れ拒否を基本とし、上陸は例外、送還を原則とする。

これは冷酷さの表明ではない。国家としての責任である。

救助は行う。しかし救助と上陸は別だ。人命救助は国際法上の義務である一方、救助したからといって日本国内に入れる義務はない。ここを混同すれば、武装者や工作員が紛れ込む余地を自ら広げることになる。

現行の出入国管理及び難民認定法は、平時の個別審査を前提としている。大規模流入を想定した制度ではない。だからこそ、原則拒否、例外上陸、期限付き管理、送還という運用思想を、法の枠内で明確に据え直す必要がある。

海上保安庁が担うべき役割は、人道と治安の両立である。救助後は上陸させず、管理区域で身元確認と危険性の一次スクリーニングを行い、送還可能性を迅速に判断する体制を整えねばならない。海上保安庁が示す能力整備の方向性は、年次報告で確認できる(海上保安庁 年次報告(English))。

送還を原則とする以上、相手国が協力しない事態を想定しなければならない。送還が滞る最大の理由は、本人確認や渡航文書の発給を相手国が拒む場合である。これは人道の問題ではなく外交の問題だ。平時から中国側に受け入れ義務を突きつけ、非協力には対抗措置を準備する。送還は理念ではなく、交渉力の結果である。

情報公開も欠かせない。武装難民の可能性を含め、救助人数、上陸人数、送還人数を定型フォーマットで示し続けることが、社会不安と分断を抑える唯一の方法となる。

中国の不安定化は、外交評論の題材ではない。
それは、我が国が主権国家として国民の安全を守り切れるかどうかを問う現実の国家リスクである。

人道か、安全か。
この二者択一を迫られたとき、国家はまず国民を守らねばならない。

備えるか、流されるか。
選択の猶予は、もはや長くない。今年中に現実的な脅威として多くの人々に認識されることになるだろう。

【関連記事】

中国の縮小は止まらない── アジアの主役が静かに入れ替わる「歴史の瞬間」が目前に迫る 2025年12月13日
中国が「弱体化しながら攻撃性を増す」局面に入った、という全体像を描いた記事だ。人口・雇用・不動産・地方財政といった“国家の土台”の劣化を束ね、軍事だけではない崩れ方を示している。今回の「中国はすでに壊れている」という問題提起の背骨になる。

移民に揺らぐ欧州──「文明の厚みを失わぬ日本」こそ、これからの世界の潮流になる 2025年11月30日
難民・移民が社会の統合をどう壊し、政治をどう変形させるかを、欧州の現実から整理した記事だ。「受け入れは善」では片づかない負担と摩擦を、先行事例として押さえられる。中国発の大規模流出を論じる際の、比較軸として効く。

習近平の中国で「消費崩壊」の驚くべき実態…!上海、北京ですら、外食産業利益9割減の衝撃!―【私の論評】中国経済のデフレ圧力と国際金融のトリレンマ:崩壊の危機に直面する理由 2024年9月3日
「街が空く」「消費が死ぬ」という、体感に近い角度から中国経済の冷え込みを具体的な数字で描いた記事だ。統計不信が語られる局面でも、消費・外食・小売の変調は隠しにくい。今回の記事の“経済崩壊パート”の補強材になる。

1300人が居住「埼玉・川口市をクルドの自治区にする」在クルド人リーダーの宣言が波紋!―【私の論評】日本の伝統を守るために:クルド人問題への果敢な対策を(゚д゚)! 2023年9月28日
「上陸を例外、送還を原則」という議論を、机上ではなく国内の現実問題として読者に実感させられる記事だ。コミュニティ化、摩擦、治安、自治の主張といった“入口の小さな綻び”が、放置されると何を生むかが見える。

麻生副総理の「武装難民」発言を裏付ける防衛省極秘文書の中味―【私の論評】衆院選後は、戦後最大の日本の危機に立ち向かえ(゚д゚)! 2017年10月3日
あなたが挙げた通り、ここは外せない。「難民=非武装の弱者」という思い込みを打ち砕き、最悪の混入リスク(武装・偽装・暴動)を正面から扱っている。今回の結論である「受け入れ拒否を基本、上陸は例外、送還を原則」を読者に納得させる“最後の楔”になる。

2025年12月24日水曜日

この年末、米英欧は利下げへ転じた──それでも日銀は日本経済にブレーキを踏み続けるのか



まとめ

  • 世界は同時に緩和へ転じた。日本だけが逆走している。この24時間で、米英欧の中央銀行は利下げや緩和転換を明確にし、市場は一斉に「世界は緩和局面に入った」と受け止めた。失業率は急悪化していなかったからこそ、彼らは先に動いた。ところが日本銀行だけが、似たような状況で日本経済にブレーキを踏み続けている。
  •  数字を見れば、日銀が引き締める理由は存在しない。日本のコアコアCPI(欧米コアCPIに近似)はすでに低下局面に入り、失業率も安定している。需要の過熱も賃金インフレもない。欧米と同様、いやそれ以上に緩和の余地があるにもかかわらず、日銀は逆方向へ進んでいる。これは感覚論ではなく、公式統計が示す事実だ。
  • 問題の本質は「一回の利上げ」ではない。止まれない制度にある。世界標準では、中央銀行の独立性とは、政府が目標を定め、中央銀行が手段を自由に選ぶ。だが日本では、日銀が目標を握り、世界と逆走しても修正できない。日銀法改正は危険なのではない。今の異常を正すために不可欠である。

1️⃣世界は失速を恐れ、緩和へ舵を切った

欧州中央銀行

世界の中央銀行が警戒しているのは、インフレの再燃ではない。景気の減速、需要の腰折れ、回復の芽が途中で潰れることだ。だからこそ、緩和へ向かう。政治的配慮でも、楽観論でもない。金融政策の教科書に忠実な、現実的判断である。

米国は、CPI全体が前年比2.7%、コアCPIが**2.6%(2025年11月)と示された。(Bureau of Labor Statistics)
同時に、失業率は2025年11月4.6%**まで上がっている。(Bureau of Labor Statistics)
「崩壊」ではないが、「締め続けるほど傷が広がる」手触りがある。

ユーロ圏は、インフレが2025年11月2.1%、コアが**2.4%だ。(European Commission)
失業率は2025年10月6.4%**で、前年同月(2024年10月)**6.3%**からわずかに上がっている。(European Commission)
ECBは直近会合では据え置いたが、2025年に複数回の利下げを実施しており、潮流としては「緩和局面」だ。(European Central Bank)

英国はよりはっきりしている。コアCPIが2025年11月3.2%。(国立統計局)
失業率はONSの最新で2025年8〜10月5.1%まで上がった。(国立統計局)
そしてイングランド銀行は12月会合で政策金利を3.75%へ引き下げた。(イングランド銀行)

2️⃣日本だけが逆走している

 日本銀行

では我が国はどうか。

日本の失業率は、総務省統計局の英語版「最新指標」で**2025年10月2.6%(季節調整済)**と示されている。(総務省統計局)
雇用が崩れているとは言えない。少なくとも「いま利上げで押し倒す」局面ではない。

物価の基調を見るなら、日銀が注目する指標として語られやすいコアコアCPI(生鮮食品・エネルギー除く)がある。これは報道ベースで**2025年11月3.0%**だ。(Reuters)
米国のコアCPI(2.6%)より高い。だが日本の賃金と実質消費の足腰は、米英とは構造が違う。人口構造、供給制約、価格転嫁の遅れ、そして実質賃金の痛みが同居している。

それでも日銀は利上げ志向を崩さない。世界が失速を恐れてアクセルを緩める中で、日本だけがブレーキを踏む。ここに「それ見たことか」の核心がある。景気が鈍れば、利上げの副作用は先に出る。回復の芽を潰すのはいつも、派手な危機ではなく、こういう局面だ。

図表:主要国のコア系インフレと失業率(2025年直近値)

地域コア系インフレ(直近)失業率(最低水準)直近失業率補足
米国コアCPI 2.6%(2025年11月)(Bureau of Labor Statistics)3.4%(2023年)4.6%(2025年11月)(Bureau of Labor Statistics)インフレ沈静+失業率じわり上昇
ユーロ圏コア 2.4%(2025年11月)(ECB Data Portal)6.3%(2024年10月)(European Commission)6.4%(2025年10月)(European Commission)12月会合は据え置き(European Central Bank)
英国コアCPI 3.2%(2025年11月)(国立統計局)3.5%(2022年6〜8月)(国立統計局)5.1%(2025年8〜10月)(国立統計局)12月に利下げ(3.75%)(イングランド銀行)
日本コアコアCPI 3.0%(2025年11月)(Reuters)2%台前半(近年)2.6%(2025年10月)(総務省統計局)雇用は崩れていない

ここでいう「失業率の最低水準」とは、「崩壊する前の底」である。直近がそこから上がり始めたかどうかが、政策転換のサインになる。欧米は、失業率が大崩れする前に緩和へ動いた。日本も失業率は安定している。だからこそ本来は、回復の芽を潰す引き締めを急ぐ理由が薄い。

3️⃣判断ではなく制度が、誤りを固定化する

日銀の利上げが問題なのは、失敗そのものよりも、失敗を修正できない構造にある。

世界標準の中央銀行の独立性とは、政府が目標を定め、中央銀行が専門家として手段を自由に選ぶという分業である。ところが我が国では、日銀が目標そのものを握れる余地が大きく、これが「独立性」として扱われてきた。ここが異常だ。

 米日欧の中央銀行総裁

結果として、世界が緩和に傾いても、日本は逆走できる。成長を目指す政権の政策が、内側から相殺される。高橋洋一氏が指摘してきたように、政権の経済運営と日銀の金融判断が噛み合わなければ、国益は毀損される。しかもその毀損は、静かに、しかし確実に積み上がる。

日銀法改正は危険ではない。
今の異常を正すために、不可欠なのである。政府が金融政策に関与できないということこそ、世界から見れば異常なのだ。ただ、法律があるからといって、日銀が誤った政策を実行しても良いということにはならない。

日銀は金融機関寄りの政策から、国民経済を重視する政策に転じるべきである。そうでないと我が国の中央銀行としての存在価値を失う。

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0.75%利上げという稚拙で危険な判断──日銀利上げの不都合な真実 2025年12月20日
日銀の利上げを「正常化」と呼ぶ欺瞞を、CPI・需給ギャップ・実質賃金・制度設計まで踏み込んで粉砕する中核記事だ。今回の“世界は緩和、日本だけ逆走”という主張の根拠が最も厚く整理されており、読者を一気に結論へ連れていく導線として最適だ。

補正予算は正しい──需給ギャップ・高圧経済・歴史、そして越えてはならない一線 2025年12月17日
「今は冷やす局面ではない」を需給ギャップと高圧経済の物差しで示し、緊縮・利上げ観測が日本の回復を潰す危険を正面から描く。利上げ批判を“財政と成長”の側から補強でき、セット読みの説得力が跳ね上がる。

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「物価は落ち着いた」の一言で片付けられがちな局面で、生活実感としての物価高と実質賃金の遅れを突き、引き締めや増税が庶民を直撃する現実を描く。利上げ批判を“生活者目線”で刺す補助線になる。

FRBは利下げ、日銀は利上げに固執か──世界の流れに背を向ける危うさ 2025年9月18日
世界が内需厚めへ動く局面で、我が国だけが利上げで景気の芽を摘みにいく不合理を、国際比較で真正面から示す一本だ。今回の「米英欧が緩和へ」という時事性と噛み合い、読者の納得を決定づける。


2025年12月20日土曜日

0.75%利上げという稚拙で危険な判断──日銀利上げの不都合な真実

まとめ

  • 今回のポイントは、物価も賃金も需給も「利上げを正当化しない数字」が揃っていたにもかかわらず、日銀が金融機関に無リスク利益を与える構造を伴う利上げを強行した点にある。
  • この判断の本質を数字・制度・海外失敗例から見抜くことで、「誰が得をし、誰が負担させられたのか」を冷静に理解すべき。
  • 次に備えるべきは、利上げ後に必ず現れる家計・中小企業・金融市場への副作用を見据え、政策転換や政治判断の責任を具体的に問う視点である。

日本銀行は政策金利を0.75%へ引き上げた。名目上は約30年ぶりの水準である。しかし、問うべきは歴史的な水準ではない。今、この局面で利上げを行う必然性が本当に存在したのか、それだけだ。

結論は明確だ。
今回の利上げは正常化ではない。改革でもない。経済の現実を見誤った、稚拙で危険な判断である。

日銀は決定直後、「実質金利は依然としてマイナスであり、緩和的な金融環境は続く」と説明した。(日本銀行・金融政策決定会合資料)

この説明自体が、今回の判断の矛盾を示している。緩和が続くのであれば、なぜ金利を上げるのか。この問いに、日銀は答えていない。

1️⃣インフレは本当に過熱していたのか──数字が示す現実


では、利上げを正当化するほど、物価は過熱していたのか。(総務省統計局・消費者物価指数)

最新の消費者物価指数を見ると、総合CPIはピーク時の3%台前半から2%台後半へと伸び率が鈍化している。生鮮食品を除くコアCPIも同様で、再加速の兆候は見られない。

さらに重要なのが、生鮮食品とエネルギーを除いた、いわゆるコアコアCPIである。(日本銀行・基調的インフレ指標)

この指標は、2024年後半をピークに高止まりから横ばい、あるいは微減傾向に移行している。基調的インフレは、すでに加速局面を終えていた。

家計の体感に直結する分野は、さらに明確だ。電気・ガス料金やエネルギー価格は沈静化し、食料品価格も一部加工食品を除けば落ち着きを取り戻している。(総務省統計局・消費者物価指数(品目別))

つまり、物価は過熱していなかった。むしろ減速局面に入りつつあったのである。

2️⃣需要不足の国で利上げするという愚──家計と中小企業を直撃


需給を見れば、この判断の誤りはさらに際立つ。(内閣府・GDP需給ギャップ)

GDP需給ギャップは再びマイナス圏に入り、需要不足の兆しを示していた。需要が弱い局面で金利を上げれば、消費と投資が同時に冷える。これは経済学以前の常識である。

当然、そのしわ寄せは家計と中小企業に向かう。(厚生労働省・毎月勤労統計調査)

名目賃金は伸びても、実質賃金は回復していない。家計の購買力は弱いままだ。この状態で金利だけを引き上げれば、住宅ローン、教育費ローン、企業の運転資金金利が遅れて確実に上昇する。価格転嫁力の弱い中小企業にとって、これは投資と賃上げを諦めろという通告に等しい。

長期金利もすでに上昇し、国債費や住宅ローン金利に影響を与える水準に達している。
(財務省・国債金利情報)

引き金を引いたのは日銀である。それを「市場の判断」と言い換えるのは責任逃れだ。

3️⃣誰が得をし、誰が負担するのか──制度が示す冷酷な答え


ここで問われるのは、今回の利上げが誰のための政策だったのかである。この点について、元内閣官房参与で経済評論家の高橋洋一氏は、極めて明確な分析を示している。以下は高橋洋一氏のXのポストである。
このポストで使ったデータも添付されている。

高橋氏は、内閣府の短期日本経済マクロ計量モデルを用い、減税と利上げの効果を比較した。その結果、仮に減税によってGDPを約0.3%押し上げても、短期金利を0.25%引き上げれば、その効果は初年度で相殺され、2年目以降は実質GDPを押し下げることが示された。

これは主観ではない。政府自身のモデルが示す数字である。アクセルを踏みながら、同時により強いブレーキを踏めば、経済が前に進まないのは当然だ。

一方で、利上げの恩恵を受ける主体ははっきりしている。銀行である。今回の政策変更では、銀行が日銀に預ける当座預金への付利も0.75%へ引き上げられた。

銀行の日銀当座預金は、決済や資金繰りのために必ず保有せざるを得ない準備資金であり、信用リスクも市場リスクも存在しない。経営努力とは無関係の資金だ。

本来、こうした無リスク資産に高い利回りが付くことは異例である。しかし今回の利上げによって、銀行はリスクを負うことなく、日銀に資金を置いているだけで確実な利息収入を得る構造になった。

しかも、その原資は日銀の収益を通じ、国庫納付金の減少という形で国民に跳ね返る。国民が負担し、銀行が確実に儲かる。これは偶然ではない。制度が生んだ結果である。

政府には、この判断を止める手段も存在した。日銀法に基づく議決延期請求権である。2000年のゼロ金利解除時には実際に行使された前例もある。それでも今回は使われなかった。

決定的なのは、海外の失敗例である。米国では急速な利上げが銀行破綻を招き、英国では金利急騰が年金市場を混乱させ、中央銀行が引き締め下でも介入を余儀なくされた。欧州でも、利上げが景気減速を深め、すでに政策転換が視野に入っている。

共通点は一つだ。利上げの副作用は、必ず弱い部分を直撃するという現実である。

日本はどうか。インフレは減速し、需要は弱く、実質賃金は回復していない。海外よりも、むしろ利上げに不向きな条件が揃っている。それでも日銀は利上げを行った。

これは慎重な正常化ではない。失敗例を知った上で、あえて同じ道を踏み出した判断である。

日銀が見なかったのは理論ではない。
数字である。国内統計であり、政府モデルであり、海外の実例である。

これは政策ではない。
国民生活を賭け金にした博打だ。

稚拙で、しかも危険な判断である。

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補正予算は正しい──需給ギャップ・高圧経済・歴史、そして越えてはならない一線 2025年12月17日
「需給ギャップ」「高圧経済」という正統な物差しで、いま我が国が冷やす局面ではないことを押さえたうえで、利上げ“観測”や緊縮論がもたらす破壊力を真正面から批判している。今回の「0.75%利上げの不都合な真実」を支える土台として、そのまま噛み合う一本だ。 

「政府も利上げ容認」という観測気球を叩き潰せ──国民経済を無視した“悪手”を許してはならない 2025年12月10日
匿名情報と見出しだけで「利上げ容認」が既成事実化される危うさを抉り出し、利上げが家計と内需を直撃する構図を整理している。「空気で国が動く」怖さを読者に刺す形で提示でき、今回記事の導入・補強に最適だ。 

世界標準で挑む円安と物価の舵取り――高市×本田が選ぶ現実的な道 2025年10月10日
「インフレの量ではなく質を見よ」という軸で、コストプッシュ色の強い物価局面で利上げを急ぐ危険を、CPIやコアコアCPIの数字も交えて論じている。今回の“利上げ批判”を、より国際標準のロジックで厚くできる。 

FRBは利下げ、日銀は利上げに固執か──世界の流れに背を向ける危うさ 2025年9月18日
FRBが利下げに動く一方で、日銀が逆走すれば家計と企業を痛める、という国際比較を真正面から提示している。今回記事の「海外の失敗例」「世界の潮流」と接続しやすく、説得力を一段上げられる。 

景気を殺して国が守れるか──日銀の愚策を許すな 2025年8月12日
教条的な利上げが我が国を弱らせる、という問題を「経済」だけでなく「国防・経済安全保障」まで貫いて論じている。保守層の琴線に直撃する論点であり、今回の「国民生活を冷やす利上げ」批判に“国家としての損失”を加えるのに効く。 

2025年12月13日土曜日

中国の縮小は止まらない── アジアの主役が静かに入れ替わる「歴史の瞬間」が目前に迫る

 

まとめ

  • 今回のポイントは、中国が構造的に沈む一方で、日本は“質で強くなる縮小”へ転換しつつあることである。
  • 日本にとっての利益は、技術・安定・同盟力を背景に、アジアの新しい中心国家として存在感を高められる点にある。
  • 次に備えるべきは、成長と安全保障の“質の時代”に合わせ、日本が持つ技術力と同盟ネットワークをさらに磨き、世界の軸をつかむことである。
1️⃣中国の破滅的縮小と、日本の賢い縮小の決定的対照


中国はいま、国家の基礎そのものが崩れ始めている。出生率は実質0.8台という歴史的低水準に沈み、若者失業率は三〜四割とも推計され、不動産バブルの崩壊で国民資産の中心が失われた。地方財政は再建の糸口すら見えず、医療や教育の質も低下している。これらは単独でも国家の危機だが、中国ではこれらの致命的な問題が同時に進行している。もはや“衰退”という表現では足りない。これは国家構造そのものが逆回転し始めたとしか言いようがない。

しかも中国の縮小は静かに萎むだけでは終わらない。弱った国家は内部の不満を外へ向ける。台湾への挑発、尖閣周辺への威圧飛行、日本列島周辺をかすめる爆撃機の異常ルート。これら一連の行動は、中国が“弱さゆえに攻撃性を強めている”ことの証左である。衰退国家が最も危険になる典型的な局面に入ったと言ってよい。

その一方で、日本の縮小はまったく性質が異なる。人口が減っても社会は安定し、治安は維持され、インフラも崩れない。都市はコンパクト化が進み、生活の利便性が高まった地域すらある。この秩序だった縮小ぶりは世界で“スマート・シュリンク(賢い縮小)”と呼ばれ、日本は人口減少時代に最も適した国家と評価されている。

日本は縮んだのではない。
余計なものを捨て、質を磨きながら強くなっているのである。

2️⃣一人当たり実質GDPが示す日本の底力──中国は中進国の壁に阻まれた

国家の力を正しく測るには、「一人当たり実質GDP」を見るべきである。実質GDPはインフレの影響を取り除いた生産力そのものを表し、技術力、産業の質、生産性という国家の基礎体力を純粋に映し出す。

ここで、最新の国際統計が両国の姿を鮮明に描く。
一人当たりのGDP(名目ベース)は、日本が約32,476ドルであるのに対し、中国は約13,303ドルにとどまる。日本は中国の約2.4倍の水準であり、この差は所得だけでなく、国家の成熟度、生産性、技術力の差を如実に物語っている。(出典:世界銀行)

しかも日本は、人口減少という逆風の中でも一人当たり実質GDPを底堅く維持している。自動化、ロボット化、デジタル化、高付加価値産業への転換が進み、一人ひとりが生み出す価値は確実に上昇している。日本は“量の成長”から“質の成長”へと静かに舵を切り、成熟経済としての進化を遂げている。

対照的に、中国の一人当たり実質GDPは伸び悩んでいる。外見こそ巨大な経済に見えるが、生産性は上昇せず、若者は職を得られず、教育水準は頭打ちで、技術自立にも遅れが出ている。不動産依存の経済構造は限界を迎え、非効率な国有企業が経済を圧迫する。こうした要因が生産性を押し下げ、中国を“量だけは大きいが質が伴わない経済”へ追いやっている。

ここで重要なのが、世界銀行も指摘する「中進国の罠(ミドルインカムトラップ)」である。これは、途上国が急成長の勢いで一定の水準まで到達したあと、技術革新や制度改革が追いつかず、長期停滞に陥る現象だ。典型的には一人当たりGDPが1万ドル前後で足踏みを続ける。中国はいま、まさにこの“1万ドルの壁”のただ中にある。

中進国の罠の模式図

量の経済で成長してきた中国は、質の経済への飛躍がどうしても必要な段階に来ている。しかし高度教育、研究開発、人材制度、透明な市場といった“成熟した経済の必須要素”が足りず、高所得国の仲間入りができない状態に陥っているのである。

一方、日本はこの壁を数十年前に突破し、高い教育水準、治安の良さ、社会の信頼、法治、技術者層の厚み、インフラの質といった“文明資本”を積み重ねてきた。これらは数字に表れにくいが、一人当たり実質GDPを押し上げる強力な基盤であり、日本が安定して高所得国であり続ける理由である。過去の日本は、財政金融政策の失敗で、経済の縮小を続けてきたが、今後日本は、人口は減るものの、一人当たりGDPを伸ばすことにより、国単位でのGDPもおしあげていくことになるだろう。それだけの力が日本にはある。

歴史人口学者エマニュエル・トッドも、日本を「人口減少時代に最も適した国家」と評価し、中国を「早老化と硬直の典型」と断じる。日本と中国の一人当たり実質GDPの差は、その分析を裏付ける現実そのものだ。

3️⃣地政学の大転換──日本は質で主役に、中国は不安定の震源へ

中国の縮小は弱体化ではなく、不安定化である。経済が縮み、政治が硬直し、社会が荒れた国家は、外へ敵を作り、威圧的な行動で内部の不満を押し込めようとする。台湾、尖閣、そして日本周辺で続く異常な示威行動は、その危険性を象徴している。

 中国は縮小すれば、不安定化する、写真は人民解放軍の訓練風景

しかし日本は違う。社会の安定と制度の強さを背景に、防衛費の増額、反撃能力の整備、装備国産化、日米同盟の深化を確実に進めている。インド太平洋の多国間連携でも主導的立場にあり、地域秩序の“錨(いかり)”としての存在感が増している。

いま世界は完全に“量の時代”から“質の時代”へと移行した。人口や市場規模といった外見上の大きさではなく、技術、法治、社会の安定、資本吸引力、同盟の強さこそが国力の中核になった。この新基準で見れば、日本の優位は揺らぎようがない。

日本は縮んでも強い国ではない。
縮んだからこそ強くなる国である。

中国は大きいから強いのではない。
大きいゆえに脆く、危うい国である。

ここ10年で、アジアの主役が静かに入れ替わる「歴史の瞬間」は、すでに目の前に迫っている。

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2025年12月10日水曜日

「政府も利上げ容認」という観測気球を叩き潰せ──国民経済を無視した“悪手”を許してはならない


まとめ

  • 今回のポイントは、「政府も利上げ容認」という“虚構の観測気球”が、海外メディアと金融市場によって勝手に作られている実態を暴くことだ。
  • 日本にとっての利益は、早すぎる利上げを避け、高圧経済を定着させることで賃金・雇用・投資の好循環をつくり、国民経済を守り抜くことにある。
  • 次に備えるべきは、誰がどんな利害で利上げを押しているのかを見極め、外圧と金融業界の論理から我が国の経済運営を守る“保守の監視力”を強めることだ。


1️⃣「政府容認」という観測気球は、政府ではなく“金融市場と海外メディア”が作った虚構である


ロイターが「日銀が12月会合で利上げに踏み切る可能性が強まった。高市早苗政権も利上げ判断を容認する構えだ」と報じてから、金融市場ではこの見出しだけが一人歩きしている。記事をよく読むと、高市首相本人の発言ではなく、「事情に詳しい政府関係者3人」という匿名証言を根拠にしているだけだ。首相も政府も、利上げを明確に支持したテキストはどこにも存在しない。

それでも市場は「政府容認」という言葉に飛びつき、金利も為替も動き始めた。中身の伴わない観測気球が、あたかも既成事実のように扱われている。これは政策そのものではなく、“空気”で国の針路がねじ曲げられかねない危険な状況である。

日本経済の足元を見れば、利上げに踏み切る合理性はない。総務省の家計調査では、2025年10月の実質家計消費は前年比マイナス3.0%と、ほぼ2年ぶりの大幅減だ。(Reuters) 国民は物価高に耐えるため、食費や娯楽まで削っている。実質賃金も長くマイナス圏をさまよい、企業側も「需要の強さ」を実感できずに設備投資に慎重になっている。

物価だけを見ても、構図ははっきりしている。2025年10月のコアCPI(生鮮食品除く)は前年比3.0%、日銀がより重視する生鮮・エネルギー除き(いわゆる新コアコア)は3.1%だが、夏場のピークからは鈍化傾向にある。(トレーディングエコノミクス) 東京23区の先行指標でも、総合・コア・コアコアとも2%台後半に落ち着きつつあり、過熱というより“高止まりしたコスト上昇”という姿だ。要するに、今の物価上昇はエネルギー・食料・輸入財、それに円安の影響が中心であって、国内需要が沸騰しているからではない。

世界標準のマクロ経済学でいえば、これは典型的なコストプッシュ型インフレである。需要の過熱が原因ではない物価上昇を、金利引き上げで叩きにいけばどうなるか。需要がさらに冷え込み、家計も企業も二重に苦しめられるだけだ。今の日本で利上げを急ぐのは、理論的にも現実的にも、筋の悪い政策だと言わざるを得ない。
 
2️⃣いま必要なのは利上げではなく「高圧経済」の定着である

本来、日本が目指すべきは真逆である。「高圧経済」という考え方がある。ざっくり言えば、景気を多少“熱め”に保ち、高めのインフレ率を許容しつつ、雇用をフルに回し、賃金も投資も増やしていくやり方だ。物価が多少上がっても、3%から4%場合によってはそれ以上でも雇用が悪化しない限り、長く冷え切った経済を再起動するには、一度エンジンをしっかり回さなければならない、という発想である。


デフレと低成長に三十年苦しんだ日本こそ、この高圧経済が必要な国だ。まずは雇用と賃金を押し上げ、企業に「国内向けの投資をしても採算が合う」という空気をつくる。その上で、ようやく金融正常化をどう進めるかを議論する段階に入る。ところが現実には、その「出発点」に立ったかどうかも怪しいうちから、利上げだ、正常化だという話だけが先行している。

利上げ観測が消えないのには、はっきりとした理由がある。ひとつは金融機関の利害である。大手行や証券会社のレポートの中には、「政策金利は最終的に1.5%程度まで上がる」と織り込んだものが少なくない。(MUFG UK) 金利が上がれば銀行の利ざやは改善し、長期金利の上昇は運用ビジネスにも追い風になる。だから彼らが利上げに前向きなのは、ある意味で当然である。しかし、それは「金融機関としての都合」であって、「国民経済にとって最善か」という問いとは別物だ。

国際機関や海外の役所も似た構図だ。IMFの対日報告は、日本の財務官僚OBや出向者の影響を受けやすいことが、関係者の間ではよく知られている。中身を見ると、財政規律と“正常化”を重んじる財務省的な発想が色濃く出ていることも多い。米財務省が日銀の利上げを求めるのも、アメリカ側の金利水準やドルの地位を前提にした「対外的な要求」であり、日本の実情を丁寧に踏まえた議論とは言いがたい。

こうした“外側の論理”が、日本国内で利上げ論が大きく聞こえる理由になっている。金融機関は自らの収益構造から、IMFや米財務省はそれぞれの都合から、「日本ももっと金利を上げるべきだ」と言う。しかし、それを一歩引いて見れば、「日本国民の所得と雇用を最大にするにはどうするべきか」という、一番大事な問いがどこかへ追いやられてはいないか。

高圧経済とは、まさにその問いに正面から向き合う考え方である。雇用を増やし、賃金を上げ、設備投資を回し、国内に活気を取り戻す。その過程で多少インフレ率が高めになっても構わない、むしろそれくらいでちょうど良い――そういう発想だ。デフレ体質がこびりついた日本で、ようやく物価が2〜3%台で動き出し、賃上げの芽が出始めたこのタイミングで、金利引き上げというブレーキを踏むのは、自分で自分の足を引っ張るに等しい。
 
3️⃣利上げを主張している勢力の正体──そして今こそ保守派の頑張りどきである

では、「利上げだ」「正常化だ」と言っているのは誰なのか。公開情報を丹念に追っていくと、少し輪郭が見えてくる。

まず、名指しで「日銀は利上げすべきだ」と公言してきたのは、野党側の野田佳彦氏や泉健太氏らである。一方、与党側、とくに高市政権中枢から、同じトーンの発言は確認できない。高市首相はこれまで、「具体的な金利操作はあくまで日銀の専管事項であり、政府が指示すべきではない」という筋の通った立場をとってきた。

財務相や官房長官の発言も、「金融政策は日本銀行が判断する」「政府は物価と賃金の動向を注視する」といった制度上当たり前の説明が中心で、「利上げせよ」と迫った形跡は見当たらない。それにもかかわらず、海外メディアはこうした通常の答弁を「政府も利上げを容認」と言い換え、市場はその見出しだけを材料にして動いているのである。

つまり、「政府も容認」という物語は、政府が作ったものではない。海外メディアと金融市場が、自分たちの見たいストーリーに合わせて作り上げたフィクションだと言ってよい。

財政の世界では、自民党税制調査会を率いた宮沢洋一氏が、増税色の強い姿勢に国民の反発が集まり、最終的には退くことになった前例がある。あれほどの“増税シンボル”でさえ、世論と党内の力学しだいで押し戻すことができたわけだ。ならば、金融政策の世界でも同じことが起きうる。

利上げを当然視する“宮沢的な存在”や、金融機関の利害を代弁するグループが、政府・与党の周辺にいるのは間違いないだろう。しかし、だからといって彼らの思惑どおりに日本経済を預けてよい理由にはならない。むしろ保守派がすべきことは、

・誰が
・どの立場から
・どんな理屈で

利上げを主張しているのかを、粘り強く炙り出すことだ。名前もロジックも明るみに出してしまえば、「金融機関の都合」「外圧の論理」がどこまでで、「国民経済の利益」がどこからなのかが、はっきり見えてくる。

高市政権は、そもそも積極財政と成長志向を掲げて登場した政権である。実際、高市首相は補正予算やPB黒字目標の見直しを通じて、「やるべき投資はやる」という方向に舵を切っている。その政権が、外からの圧力と金融機関の声だけを理由に、国民経済を冷やす利上げに簡単に乗ってしまうようなことはないだろうが。それにしても、外圧はできるだけ弱めるべきだ。こんなことに時間を費やすべきではない。

いま必要なのは、「政府も利上げ容認」という虚構の観測気球を、事実と論理で潰していくことである。輸入インフレと実質賃金マイナスに苦しむ国民の立場に立てば、やるべきことははっきりしている。高圧経済をきちんと根付かせ、雇用と賃金と投資の好循環をつくること。その芽を自ら踏み潰す利上げは、国民経済に対する“悪手”であり、決して許してはならない。

ここはまさに、保守派の頑張りどきである。
「誰のための利上げなのか」「誰の都合で日本の金利を動かそうとしているのか」を問い続け、声を上げること。それが、我が国の経済と政治を、外からの都合ではなく、日本人自身の判断で決めていく第一歩になるはずだ。

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日経平均、ついに5万円の壁を突破──高市政権が放った「日本再起動」の号砲 2025年10月27日
高市政権の登場で市場が「日本再起動」を織り込み始めた背景を、財政・金融・エネルギー・安全保障を一体で捉えながら整理している。利上げではなく成長戦略と高圧経済で国力を底上げすべきだという、今回の記事と共通する視点を確認できる。

世界標準で挑む円安と物価の舵取り――高市×本田が選ぶ現実的な道 2025年10月10日
本田悦朗氏の「追加利上げには慎重であるべき」とのロイター発言を手がかりに、コアコアCPIや失業率の数字を踏まえつつ「インフレの量ではなく質」を見るべきだと論じた記事である。現在の物価高が輸入要因中心であること、高圧経済の考え方など、本稿の主張を補強する理論的な土台になっている。

隠れインフレの正体──賃金が追いつかぬ日本を救うのは緊縮ではなく高圧経済だ 2025年9月19日
コアCPI・コアコアCPIと名目/実質賃金の推移を具体的なデータで示し、「統計上は落ち着いて見えるが、生活実感としては隠れインフレが進んでいる」実態を描いた記事である。ここでも、輸入インフレ局面での利上げ・緊縮は誤りであり、高圧経済と家計支援の組み合わせこそが筋だと主張している。

景気を殺して国が守れるか──日銀の愚策を許すな 2025年8月12日
斎藤経済政策担当副委員長の「性急な利上げ回避」発言を擁護しつつ、白川・植田日銀の教条的利上げ路線を歴史的に批判したエントリーである。コアコアCPIの水準や高圧経済の必要性を踏まえ、「景気を冷やしたら防衛も経済安全保障も成り立たない」という今回の記事の論点と直結している。

欧州中央銀行 0.25%利下げ決定 6会合連続 経済下支えねらいも―【私の論評】日銀主流派の利上げによる正常化発言は異端! 日銀の金融政策が日本を再びデフレの闇へ導く危険 2025年4月18日
ECBがインフレ鈍化と関税リスクを踏まえて利下げを続ける一方で、中川順子審議委員ら日銀主流派が「利上げによる正常化」を語る異様さをえぐり出した記事である。世界標準のマクロ経済学と高圧経済の観点から、日本だけが逆方向に進もうとしている危険性を、国際比較で押さえることができる。

2025年12月7日日曜日

アジアの秩序が書き換わる──プーチンの“インド訪問”が告げる中国アジア覇権の低下と、新しい力学の胎動

まとめ

  • 今回のポイントは、プーチンのインド訪問が中国一極体制の揺らぎと、アジア多極化の幕開けを世界に示したことだ。
  • 日本にとっての利益は、インド台頭とロシアの対中距離化を活かし、エネルギー・安全保障・経済連携で新たな戦略的余地が生まれる点にある。
  • 次に備えるべきは、日印協力の実質化とサプライチェーン再構築を通じ、来るべきアジア新秩序で主導権を握る体制を整えることだ。


1️⃣歴史の歯車が動いた──プーチンのインド訪問が意味するもの

 プーチンとモディ

2025年12月4日から5日にかけて、プーチン大統領がインドを国賓訪問した。これはウクライナ侵略後、ロシア大統領として初めてのインド訪問であり、単なる儀礼ではない。

AP通信の Putin and Modi hold talks and announce expansion of Russia-India trade ties によれば、モディ首相との会談では2030年までの包括協力プランが提示され、二国間貿易を大幅に拡大する方向が示されたという。

さらに英ガーディアンは Putin vows oil shipments to India will be 'uninterrupted' と報じ、ロシアからインドへの原油供給が「途切れない」とプーチンが明言したことを強調した。これは、ロシアが中国への過度な依存を脱しようとしている象徴的な発言である。

私は過去に 「中国の属国と化すロシア」 で、ロシアが中国の価格決定力に支配される危険性を指摘し、また 「ロシア貿易統計集を読んでわかること」 で、統計的に中国依存の深化とともにロシアに強まる“脱中国圧力”を示してきた。今回の訪問は、それらが外交の場で現実化した瞬間である。
 
2️⃣国際報道と分析が示す“構造的変化”──対中離脱の現実と限りない可能性

プーチンと習近平

ロシアの変化は外交声明だけでは済まされない。実務面でも、その足取りは確実に進んでいる。

ロイターの Russia's Sberbank seeks to boost imports, labour migration from India after Putin's visit によると、ロシア最大手銀行ズベルバンクが、インドからの工業・医薬品・機械の輸入拡大と、決済のルーブル/ルピー化を検討していることが報じられた。これは、ロシアが中国制裁やドル依存からの脱却を模索し、インドとの新たな経済圏を築こうとしている証左である。

また、国際的な政策分析の受け皿として知られる 米国の有力シンクタンク Atlantic Council を含む複数の欧米機関は、ロシアが中国だけに依存する体制を見直し、インドや他国との多極構造へと転換する可能性を公然と示している。彼らの分析は、「ロシアのサプライチェーン再構築」「脱ドル・脱人民元の決済圏の模索」「多国間安全保障の再編」という観点に立っており、今回のインド訪問はその延長線上にあると読み解ける。

こうした報道と分析は、私が過去記事 「習氏欠席、G20の有用性に疑念も」 で論じた「中国の予測不能性」と国際協調の崩壊、そして 「ロシアが北朝鮮に頼るワケ」 で見た「ロシアの対中単極依存からの脱却願望」という洞察と完全に重なる。

つまり、外交、経済、金融、安全保障――あらゆる層で“旧秩序の終焉と新秩序の胎動”が進行しているのだ。
 
3️⃣日本はこの変化をどう読むべきか──戦略機会をつかむか、見送るか

アジア秩序の再構築が始まった

アジアの力関係は急速に再構築されつつある。ロシアは中国中心の構造から距離を取り、インドを含む多国間関係へ軸足を移す。インドは米国・日本・豪州との協力を維持しつつ、ロシアとの関係を柔軟に扱う。北朝鮮でさえ、ロシアに傾くことで中国からの独立度を探っている。

この地殻変動の中で、日本が取るべき道は明らかだ。

まず、インドとの安全保障・経済インフラ協力の抜本強化だ。人口、技術、軍事、経済というすべての面で成長を続けるインドは、将来のアジア秩序の要石になり得る。日本は、その要石と“実質的なパートナーシップ”を築くべきだ。

さらに、通貨決済、多国間貿易、サプライチェーンの再構築を通じた「ドル・人民元依存からの脱却路線」を検討すべきだ。これはロシアがすでに動き始めた道であり、日本にも大きな意味がある。

最後に、安全保障体制の再設計。インド太平洋を見据えた日米印豪の協力体制を、理念ではなく実務レベルで強化する。防衛、エネルギー、サイバー、経済――多面的に結びつくことで、中国主導の覇権構造にリスクを分散する。

私はこれまでブログで繰り返してきた。
「中国の覇権構想は内側から崩れ、中露は長期的に分裂と再構築を余儀なくされる」という見立ては、いままさに国際情勢の中心で現実化している。

今回のプーチンのインド訪問は、アジア秩序の再構築が始まった決定的証拠である。
この変化をいち早く察知し、主体的に動く国だけが、次の時代を切り開く力を持つ。日本はその一歩を踏み出す覚悟があるか──今こそ問われている。

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EUの老獪な規範支配を読み解く──鰻・鯨・AI・中国政策・移民危機から見える日本の戦略2025年11月28日
EUがワシントン条約やAI規制、移民政策を通じて「規範」で世界を縛ろうとする構図を解剖し、日本が科学・外交・同盟の三本柱で対抗すべきだと論じた記事。今回のプーチン訪印と同様、「既存覇権の揺らぎ」と「新しいルール争い」という視点を補強してくれる。

北大で発見 幻の(?)ロシア貿易統計集を読んでわかること―【私の論評】ロシア、中国のジュニア・パートナー化は避けられない?ウクライナ戦争の行方と世界秩序の再編(゚д゚)! 2023年11月14日

ロシアの貿易統計から、中国への依存深化と「ジュニア・パートナー化」の現実を読み解いた記事。今回のインド接近でロシアが“対インドカード”を切り始めた背景を理解するうえで、経済面の制約を整理してくれる。

習氏欠席、G20の有用性に疑念も-中国は予測不能との懸念強まる―【私の論評】中露首脳欠席で、G20諸国が共通の利益と価値観のもとに団結する機会を提供することに(゚д゚)! 2023年9月5日
習近平がG20を欠席した意味を読み解き、「中国はもはや予測不能」という認識が西側で共有されつつあることを指摘した記事。今回のプーチン訪印で浮かび上がった「インドの相対的自立」と並べて読むことで、中国離れの流れを立体的に把握できる。

中国の属国と化すロシア 「戦後」も依存は続くのか―【私の論評】西側諸国は、中露はかつての中ソ国境紛争のように互いに争う可能性もあることを念頭におくべき(゚д゚)! 2023年4月10日
ロシアがエネルギー・軍事・外交面で中国に飲み込まれていく過程と、その危うさを指摘した記事。今回のインド接近は「中国一辺倒だったロシアが、どこまで身動きできるか」という問いに直結しており、本稿の議論を歴史的・構造的に補強する。

ロシアが北朝鮮に頼るワケ 制裁と原油価格低下で苦境 「タマに使うタマがないのがタマに傷」日本の自衛隊も深刻、切羽詰まる防衛省―【私の論評】中国がロシアを最後まで支持して運命を共にすることはない(゚д゚)! 2022年9月13日
ロシアが砲弾供給を北朝鮮に頼らざるを得ないほど追い込まれている実態と、中国がロシアと「心中する気はない」という構図を描いた記事。インドへの接近も、ロシアが多方面に依存先を広げざるを得ない苦しい事情の表れであることを理解する手がかりになる。

2025年11月17日月曜日

中国依存が剥がれ落ちる時代──訪日観光と留学生の激減は、我が国にとって福音



まとめ

  • 中国人観光客への過度な依存がオーバーツーリズムや奈良の鹿への乱暴などを招き、今回の縮小は観光の質と日本文化を守る好機である。
  • 観光消費の6割以上は日本人によるものであり、「中国人が来なければ観光経済が崩れる」という言説は事実に反している。
  • 中国の国家情報法により中国籍者は国外でも情報活動への協力義務を負うため、日本の大学・研究機関での受け入れは構造的な情報流出リスクを抱えている。
  • 北海道の水源地や自衛隊周辺の土地買収、経済報復、SNSを使った世論操作、行政システムへの中国企業の入り込みなど、日本ではあまり報じられない形で中国の浸透が進んでいる。
  • 米国のPew Research Centerの調査で世界の過半数が中国を否定的に見ており、日本でも好意的評価は1割強にとどまることから、中国依存から距離を置くことは我が国の生存戦略そのものである。

1️⃣観光と教育の“ゆがみ”が正される絶好のチャンスだ


中国政府が自国民に「日本への渡航・留学を控えよ」と警告を出した。日本のテレビや新聞は、「観光産業への打撃」「大学経営への影響」といった話ばかりだ。しかし、実態を見れば、これは我が国にとってむしろ好機である。長年続いた中国依存のゆがみを、ようやく是正できる入り口だからだ。

まず観光である。爆買いツアーに象徴されるように、中国人観光客への過度な依存は、日本の街の景色を大きく変えてきた。京都や浅草の商店街は中国語の看板であふれ、深夜まで騒がしく、文化財の扱いは荒くなった。日本文化を味わう場だったはずの観光地が、「安さ」と「買い物」だけを求める団体旅行の舞台に変わってしまったのである。

その結果がオーバーツーリズムだ。京都では地元住民が市バスに乗れず、鎌倉では通勤者が駅前を抜けられない。浅草や富良野でも生活道路が観光バスと観光客で埋まり、住民の生活は押しのけられてきた。観光が地域を潤すどころか、地元の人から日常を奪う存在になりつつあった。

奈良公園の鹿への乱暴狼藉は、その象徴である。鹿を蹴る、追い回す、角をつかむ、食べ物を投げつけて動画を撮る──。奈良の鹿は千年以上、神域とともに生きてきた神鹿であり、我が国の文化そのものだ。それを“見世物”のように扱う行為は、日本文化への侮辱である。こうした迷惑行為の多くが特定の国の観光客によるものであることは、もはや誰の目にも明らかだ。

それでも日本のメディアは、「中国人が来なくなったら日本の観光は成り立たない」といった調子で不安を煽る。しかし数字を見れば実態は逆である。政府資料によれば、2023年の観光消費総額28.1兆円のうち、日本人による国内観光消費は21.9兆円であり、全体の6割以上を占める。(国土交通省) 外国人訪日客の消費は5.3兆円にとどまる。(ジェトロ) つまり、観光産業の屋台骨を支えているのは我が国民自身であり、中国人観光客ではない。

しかも、中国人観光客の購買力はすでに落ちている。日本政府観光局などの統計を整理した報道によれば、2025年4〜6月期の中国人訪日客の一人当たり買い物代は、前年比29%減まで落ち込んだ。(China Travel News) その一方で、日本国内の中国系店舗や中国系ツアーだけを回り、経済圏を中国語コミュニティの中で完結させる動きも強まっている。表向きの人数が増えても、日本経済に落ちるお金は細っているのが現実だ。

教育分野のリスクは、さらに深刻である。中国人留学生は、単なる「外国からの優秀な学生」では済まない。2017年に施行された中国の国家情報法は、第7条で「すべての組織と公民は、法律に従って国家情報活動を支持し、援助し、協力しなければならない」と定めている。(chinalawtranslate.com) 第10条も、情報機関が必要な協力を求められる権限を明確にしている。(chinalawtranslate.com) つまり中国籍の者は、国外にいても国家が命じれば情報収集への協力が“義務”になるということだ。

この前提に立てば、日本の大学や研究機関に大量の中国人留学生・研究者を受け入れてきた構図が、いかに危ういものであったかが見えてくる。先端材料、AI、量子技術など、軍事転用の余地がある分野ほど中国側が強い関心を持っているのは各国共通の認識である。それでも日本では、「国際化」「大学経営」などの言葉の陰で、安全保障の視点がほとんど語られてこなかった。

さらに、日本のメディアがまず取り上げないのが「医療」と「教育資金」の問題だ。中国系ブローカーが短期滞在の観光客を高額医療へ誘導し、未払いのまま帰国して病院が泣き寝入りする例が現場で問題になっていることは、医療関係者の間では知られた話である。また、一部の大学が中国系ファンドからの寄付や共同研究資金を受け取り、その見返りに研究テーマや成果の扱いに目をつぶってしまう構図も懸念されている。これらは派手なニュースにはならないが、静かに国の基盤を侵食するリスクである。

今回の「渡航・留学は控えよ」という中国政府の動きは、こうしたゆがんだ構造を見直す絶好のきっかけだ。観光も教育も、日本側の主導で再設計し直すチャンスである。
 
2️⃣土地買収・経済報復・情報戦──静かに進んできた中国の浸透

中国リスクは、観光と留学にとどまらない。もっと根の深い部分で、静かに、しかし確実に進行してきたのが土地の買収である。北海道の水源地、山林、海岸線、離島、自衛隊施設の周辺──本来なら国家が神経を尖らせるべき地域で、中国資本による買収が相次いできた。政府資料や有識者の調査でも、こうした重要地点に中国資本が入り込んでいる実態が報告されている。(China Travel News)

さらに厄介なのは、土地の所有者がペーパーカンパニー同然の中国企業で、実際の支配者が誰なのか分からないケースが少なくないことだ。連絡先も曖昧で、日本側が実態を把握できないまま所有権だけが海外へ流れていく。これは「国際化」などという言葉でごまかせる問題ではなく、紛れもない主権の侵食である。

中国のやり方は経済面でも同じだ。外交で気に入らない動きを見せた国には、観光客の送客制限や輸入禁止といった“経済制裁”を平然と行う。韓国、オーストラリア、ノルウェーなどが実際にその標的になってきた。日本が中国への依存度を高めれば高めるほど、日本の外交・安全保障政策が中国の機嫌に縛られる危険が増す。

重要物資の支配も見逃せない。レアアースや太陽光パネル、医薬品原料、ドローン関連部品など、世界の供給を中国が大きく握っている分野は多い。いったん供給を絞られれば、日本の産業は簡単に混乱に陥る。経済安全保障という言葉が政府の基本方針にまで書き込まれるようになった背景には、こうした現実がある。

経済安全保障法制準備室の看板掛け(2021年11月)

情報空間への浸透も急速に進んでいる。中国政府寄りのアカウントやボットが、日本語のSNS空間に入り込み、台湾有事、日米同盟、自衛隊の役割などをめぐって世論誘導を図っている。だが、より問題なのは、中国系の動画アプリやフリマアプリなどを通じて、日本人の顔写真や位置情報、購買履歴が大量に中国側へ吸い上げられている疑いである。データは一度流出すれば戻らない。AIによる監視や軍事技術の訓練データとして利用される可能性も否定できない。

地方自治体も決して安全地帯ではない。財政難に悩む自治体ほど、安価な海外製クラウドサービスやシステム導入に飛びつきやすい。中には、中国企業が絡む事業を「コスト削減」だけで選んでしまうケースもある。だが、行政データは住民の生活そのものであり、そこに海外企業が深く入り込むことは、国家全体のリスクに直結する。

企業買収による技術流出も続いている。日本の中小企業は、世界に誇る精密加工技術や素材技術を持つ一方で、資本力では中国勢にかなわない。買収が成立すると、中国系の技術者が一気に流れ込み、数年後には技術と人材の中身が入れ替わってしまう。技術は中国側に吸い上げられ、日本側には空洞だけが残る。これは単なる企業買収ではなく、産業基盤の切り崩しと言ってよい。

軍事面での脅威は、もはや説明するまでもない。尖閣諸島周辺では中国公船の侵入が日常化し、台湾への軍事的圧力は年々強まっている。台湾有事は日本有事であり、中国のミサイルは日本列島の主要都市を射程に収める。最近では、中国の海洋調査船が太平洋側で海底ケーブル網を“測量”していると指摘されており、日本の通信インフラそのものが標的になりつつある。

文化面でも、日本は傷つけられている。神社仏閣での乱暴な振る舞いや落書き、中国で大量に作られる「なんちゃって日本文化」商品、歴史問題を使った対日プロパガンダなど、日本文化そのものが攻撃の対象になっている。奈良の鹿への暴挙は、その一端が表に出たに過ぎない。
 
3️⃣世界も中国を警戒している──中国依存から離れることこそ我が国の生存戦略である

こうした中国リスクは、日本だけが感じているものではない。米ピュー・リサーチ・センターが2025年7月に発表した調査では、25か国の中央値で、中国を好意的に見る人は36%、否定的に見る人は54%だった。(Pew Research Center) 日本では、中国を好意的に見る人はわずか13%にとどまっている。(Pew Research Center) 中国への警戒と不信は、世界的な潮流になりつつある。

観光地の混雑とマナー違反、奈良の鹿への乱暴狼藉、研究流出、土地買収、企業買収、医療制度の悪用、経済報復、行政への浸透、情報戦、文化破壊──これらはバラバラの現象ではない。すべてが一本の線でつながった「中国依存」の結果である。

大阪市の特区民泊』44.7%が中国人や中国系企業

だからこそ、中国から距離を取ることは、我が国の安全保障だけでなく、文化と経済と技術、そして子や孫の世代の自由を守るための最低条件なのだ。今回の中国側による渡航・留学抑制は、短期的には騒がしく見えるかもしれないが、長期的には我が国が自らの足で立ち、依存から抜け出すための絶好の機会である。

中国依存が剥がれ落ちることを、過度に恐れる必要はない。むしろ歓迎すべきだ。日本人が自ら旅をし、自らの国でお金を使い、自らの文化と土地を守る。海外からの観光客や留学生も、日本の文化とルールを尊重する人々を選び取っていく。その流れこそが、我が国が健全なかたちで世界と向き合う道である。

中国依存が剥がれ落ちる。それは、我が国が本来の姿を取り戻す第一歩である。

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2025年11月12日水曜日

財務省の呪縛を断て──“世界標準”は成長を先に、物価安定はその結果である



まとめ
  • ロイター報道の政府経済対策素案は成長投資を含む内容だったが、「成長と物価安定の両立」という言葉が官僚によって金融引き締めや緊縮政策の口実に使われる危険がある。現状のインフレはコストプッシュ型であり、引き締め策は逆効果となる。
  • 高市早苗首相の経済政策の核心は、一時的ではなく恒久的な食料品の消費税ゼロである。生活必需品への課税を除き、可処分所得を増やすことで需要を喚起し、リフレ派経済学を実践している。
  • 食料品価格上昇率約8%、CPI比重20%から算出すると、恒久減税でCPIを約1.6ポイント引き下げる効果がある。現在の2.9%から1.3%に下がり、低所得層の負担を軽減しつつ物価を安定させる現実的処方箋となる。
  • 高市政権は消費減税で家計を守りながら、AI、半導体、防衛、農業、原子力など17の重点分野への投資を進めている。これはばらまきではなく、成長と安全保障を両立する国家戦略投資である。
  • 財務省が30年間守ってきた「財政規律」偏重の緊縮政策を打破し、政治主導のマクロ経済運営へ転換を図る。高市首相は、成長を恐れる財務官僚こそ真の異端であり、減税こそ国家再生の第一歩であると明確に打ち出した。
1️⃣成長を抑え込む「両立」論の罠


2025年11月10日、ロイターが報じた政府の経済対策素案(Reuters記事はこちら)は、エネルギー高騰と生活防衛を目的に、時限的な支援と成長投資を柱とするものだった。しかし「成長と物価安定の両立」という耳障りの良い言葉が独り歩きし、官僚たちがそれを金融引き締めや緊縮財政の口実に使う危険がある。現状の物価上昇は需要過熱ではなく、エネルギーや食料といった輸入コストの上昇が要因のコストプッシュ型インフレだ。金利を引き上げても効果はなく、むしろ景気を冷やして賃上げの流れを止めてしまう。

いま必要なのは、家計を支え、供給力を高める政策である。世界の常識は「成長が先で、安定はその結果」であり、リフレ派は決して異端ではない。異端は、国民経済の血流を止めてまで「財政規律」を優先しようとする財務省のほうだ。我が国が30年にわたって停滞してきたのは、まさにこの“緊縮教”が経済の生命力を奪ってきたからである。
 
2️⃣高市政権の核心──恒久的な食料品消費税ゼロ

高市早苗首相が最も重視しているのは、恒久的な食料品の消費税ゼロである。これは一時的な減税ではなく、永続的な仕組みとして国民生活を支える政策だ。生活必需品への課税を撤廃し、可処分所得を直接増やす。それは単なる福祉ではなく、需要を創出し、デフレ脱却を確実にするリフレ政策の核心である。

リフレ派の識者――高橋洋一、田中秀臣、片岡剛士ら――は、口を揃えてこう述べている。「デフレ脱却の最後の一押しは恒久減税しかない」と。消費税減税は、国民が即座に実感できる景気刺激策であり、経済の心理を一変させる力を持つ。高市政権の政策はまさにそれを実行しようとしている。

片岡剛士氏は、「リフレ派というのは派閥ではなく、むしろマクロ経済政策としての方法論であり、デフレ・停滞のリスクを回避するために中央銀行の緩和役割が大きい」と指摘している。 (ウィキペディア+2東洋経済オンライン+2)。金子洋一氏は、「景気回復前に増税をすれば日本経済を破滅に導く。デフレ脱却を経ずして財政健全化はあり得ない」と明言している(ファクタ+1)。

さらに、報道によれば、リフレ派の有識者の起用が増えており、政府内部にもこの哲学が浸透してきている( Reuters+1)。

数字もこの政策の正当性を裏付けている。総務省の統計によれば、食料品価格の前年比上昇率は約8%に達し、CPI(消費者物価指数)に占める食料の比重はおよそ20%。単純計算すれば、食料品価格の上昇がCPI全体を約1.6ポイント押し上げていることになる。つまり、食料品を恒久的に消費税ゼロにすれば、理論上CPIを1.6ポイント引き下げる効果がある。

2025年9月の総合CPIが前年比2.9%であるため、2.9から1.6を引けば1.3%。食料品の恒久減税によって、物価上昇率は1%台前半に収まる計算になる。実際、同月の統計でも、食料とエネルギーの寄与度が1.6%と確認されており、この推計は現実的だ。食品価格が下がれば、消費者は他の品目に支出を回す。代替効果が働くことで全体の需給バランスが整い、低所得層に偏っていた負担が軽減される。今のように食費だけが異常に高く、他の出費を圧迫している状況が是正されれば、家計の息はつく。痛みは小さく、購買意欲は戻る。

誰にでも理解できる単純な算式が、それを裏付けている。−8% × 20%(CPIウエイト)= −1.6%。2.9 − 1.6 = 1.3。政府が恒久減税に踏み切れば、物価上昇率は1%台で安定し、生活は確実に楽になる。これほど即効性と公平性を兼ね備えた政策は他にない。


こうした方向性は、高市総理自身の言葉にも表れている。公明党の岡本三成議員が国会で、「政府系ファンドが実現できたとして、毎年5兆円の恒久財源があったら何をしたいか」と質問した際、高市総理はこう即答した。「まず、国民の生活を安定させる。食料品の恒久的な消費税ゼロを実現し、残りを将来への投資に回す」。この一言に、彼女の政治哲学が凝縮されている。生活の底を守り、上を伸ばす。それこそが成長国家の基本姿勢であり、リフレ派が訴えてきた“成長のための再分配”の実践にほかならない。
 
3️⃣成長を恐れぬ国家へ──減税と投資の両輪で立て直す

高市政権の経済戦略は、減税と投資の両輪で成り立っている。消費減税によって家計の基盤を支え、その上で国家の未来に大胆に投資する。AI、量子、半導体、防衛、農業、原子力など17の重点分野を掲げ、税制優遇と政府系ファンドを通じて民間投資を誘導する。

これは、官僚が好む「ばらまき」とは違う。成長と安全保障を両立させる国家戦略投資であり、政府がリスクを取ることで民間が安心して挑戦できる環境を整える。これを恒久的に動かす仕組みこそ、未来志向の財政運営である。

財務官僚が恐れているのは、国民がこの構造に気づくことだ。彼らが守ってきた「安定」という言葉の下には、国民の疲弊と停滞がある。財政規律という名の鎖で日本経済の心臓を締め上げてきたのは彼らだ。高市首相は、その呪縛を断ち切ろうとしている。経済を“管理”ではなく“動かす”。国民の生活を温め、未来への投資を促す。官僚主導の緊縮から脱却し、政治が主導するマクロ経済運営へと転換する覚悟を持っている。

消費税の恒久減税は、単なる経済政策ではない。国家の姿勢そのものの転換だ。国民を信じ、経済の力を解き放つ政治への挑戦である。高市政権の本音は明白だ。まず生活を守り、次に成長を起こす。この順序を誤れば、再び停滞の沼に沈む。いま求められているのは勇気ある決断である。減税を恐れる政治は国を衰えさせ、成長を恐れる財務省こそが真の異端なのだ。

経済とは血液である。流れを止めれば体は腐り、成長を止めれば国は衰える。物価安定は、健全な成長の結果としてのみ訪れる。高市政権が挑むのは、この当たり前の理を取り戻す戦いである。いまこそ、成長を恐れぬ政治へ舵を切るときだ。

高市早苗首相の経済政策の核心は、恒久的な食料品消費税ゼロと戦略的成長投資である。この二本柱は、リフレ派が長年主張してきた“成長を起点とする再分配”を政治が初めて実現しようとする試みだ。食料品の消費税をなくせば、理論上CPIは2.9%から1.3%へ安定し、低所得層の生活は大きく改善する。異端はリフレ派ではない。真の異端は、成長を恐れ、国民の未来を縛りつける財務省である。

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