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岡崎研究所
中国の激烈な反応は危険な新しい時代の始まりを示している。中国は米国に対し、軍間の対話をやめ、気候変動と麻薬対策に至る諸問題での2国間協力計画を停止した。
中国の行動の大部分は台湾の政府、経済、人々に向けられたものであった。中国は初めて台湾の都市を超えてミサイルを撃った。台湾周辺での前例のない軍事演習は封鎖または侵攻の予行演習でありうる。
経済的には中国は100の台湾商品の輸入を制限した。8月3日、中国当局は中国のビジネスマンを「台湾独立論者」として拘束したが、中国でビジネスをしている台湾の会社への明確な脅しである。
台湾での中国の過剰反応と、新しい危険な現状を作ろうとする努力は世界にとっての警鐘である。台湾支援を増やし、中国が侵攻は成功しないと考えるようにするための時間はなくなってきているが、そうすることが紛争を避ける最善で多分最後の手段であろう。
習近平は中華民族の復権を唱え、強国路線を突き進んでおり、台湾政策においても、平和的な両岸間の話し合いを通じた再統一路線は投げ捨ててしまった感がある。
鄧小平は香港について「一国二制度」を提唱し、香港の中国返還を成し遂げ、台湾に対しても同様のことを考えていたと思われるが、習近平は香港の「一国二制度」を英中共同声明に反して期限前に壊し、中国の愛国者による統治を実現した。西側民主主義諸国は、香港問題について、中国に対してもっと強硬に対応すべきであったが、そうしなかったので、習近平にとって香港の体制転換は成功体験になっているのではないかと考えられる。
そして、これが台湾問題についての対応にも反映されている気がする。台湾に対する強硬政策で、台湾独立分子を孤立させることが可能であると考えている怖れがある。
必要となる日本と米国の覚悟
台湾有事の発生を防ぐ為には、米国も日本も相当覚悟を決めてかかる必要がある。脅威は意図と能力の掛け算で決まるが、こちら側も軍事能力で抑止する必要がある。日本は防衛力を強化する必要があるし、米国も台湾支援を強化すべきであろう。
ここ2年は中国の台湾侵攻はないとの予想や、2026年、27年までに中国は台湾攻撃の準備はできないとの推定で安心するわけにはいかない。これらの期限はすぐにくる期限である。
日米が協力して中国に対し抑止力を備えること、そのためには何が必要かを具体的に図上演習もして、はっきりさせていくことが必要ではないか。ロウギンが言うように残された時間は少ない。また、日本としては、中国の考え方に影響を与えるために、台湾をめぐり紛争になることは許容できないことをこれまでも表明してきたが、これからも対中外交の中でさらに強調すべきことであろう。
ペロシ氏の訪台での発言では、良く知られているものの他に以下のようなものもあります。
「この地域と世界の民主主義に対する民主主義の防衛を支援し続けているため、米国の台湾国民との連帯はこれまで以上に重要になっている」としているのです。
要するに、米国は民主主義陣営のために闘うというわけです。
米国は、世界各地で民主主義のタネを蒔いてきました。ところが、民主主義国になって経済発展したのは、極東アジアの日本、韓国、台湾くらいです。
ただ、以前もこのブログにも掲載した高橋洋一氏のグラフによれば、民主主義と経済発展とは、ある別の特徴とともに、相関関係があるの事実です。
ある別な特徴とは、いわゆる中進国の罠というものです。途上国が、政府が音頭をとり、投資をすれば、どのような国でも経済発展します。しかし、一人あたりのGDPが1万ドル前後になると、民主化している国はそこからさらに発展するのですが、そうでない国はそこから足踏みして、1万ドル近辺からなかなか成長しなくなるのです。
これは、中進国の罠と呼ばれるものです。1万ドルを超えたあたりから、民主化と経済発展には明確な相関関係があります。
中国は、国全体ではGDPは世界第二位とされていますが、一人当たりの名目GDPでは12,359ドルにすぎません。これは、日本はもとより、韓国や、台湾よりもかなり低いです。
日本、韓国、台湾は、アジアの中にあっては例外的な存在で、戦後に急速に経済発展しました。これは米国の成功例ともいえます。これらの国々を見捨てたなら、米国の存在意義にも関わることにもなります。もちろん防衛は、まず自国が防衛努力することが前提ですが、その上で米国は台湾を助けるつもりであることを明らかにしたのです。
これに対し、中国は猛反発しました。台湾を「海上封鎖」するのかと見間違うくらいの6ヵ所での軍事演習は、ペロシ氏訪台が中国の痛いところをついたことの裏返しでもあります。日本のEEZ(排他的経済水域)に弾道ミサイルを落とすなど暴挙ですが、中国はこうした国際秩序無視を平気で行う国です。中国は、日本のEEZはあり得ないと暴言を吐きました。
中国の弾道ミサイルが日本のEEZ内着弾という中国の暴挙は世界中に知れることとなったので、中国は重大なヘマをしたといっても良いです。実際、日米豪はこれで結束しました。
中国は台湾統一という名目で、民主主義国の台湾への侵攻を野望を隠しません。中国が民主主義を専制主義で蹂躙するのは、香港の例を見てもわかります。民主主義の雄である米国がかなり本気になってきたともいえます。
台湾は戦後共産主義国の中国と別の道で、豊かな民主主義国となりました。しかし、中国は自国の民主主義を潰した上、台湾を自国の一部だと主張しています。この主張に世界のどれだけの人が賛同するでしょうか。
ところが、中国ではペロシ訪台直前に信じられないようなことが起こっていました。これは、以前このブログも述べたことがあります。その記事のリンクを以下に掲載します。
台湾と香港の「心をつかめ」、習近平氏が中国共産党に要求―【私の論評】米中の真の戦争は「地政学的戦争」、表のドタバタに惑わされるな(゚д゚)!
中国共産党中央統一戦線工作部についての会合で演説する習近平氏(中央) |
中国の習近平(シーチンピン)国家主席は2日までに、中国共産党に対して香港、マカオ、台湾の人々の「心をつかむ」ことを強く求めた。それこそが「国家を再生する」取り組みの一環だとの認識を示した。
習氏の要求は、週末にかけて開かれた高位の当局者が集まる会合でのもの。中国共産党中央統一戦線工作部(統戦部)に向けて提示された多くの重要任務の一つだった。この組織は中国内外で影響力を獲得する任務を担う。
国営新華社通信によると、習氏は北京での会合で統戦部について、中共が敵を打ち破るための重要な保証になると指摘。国の統治と再生のほか、国内外の全中国人を結集させ、国家再生を実感させることも請け合う組織だと強調した。
具体的な取り組みとしては、国内において「共通性と多様性の適切なバランスを取り」「香港、マカオ、台湾、さらに海外の中国人の心をつかむ」ことを含むべきだとの見方を示した。
2日というと、ペロシ訪台の3日の前日です。前日に会議で習近平がこのような発言をするその意図はなんなのでしょうか。
それについては、この記事の「私の論評」で述べました。 これも一部を引用します。
習近平が、もし本気でペロシが訪台すれば、軍事的報復に打って出ると考えていれば、いずれの会議においても台湾の人々の「心をつかめ」などと言う必要性など全くありません。
習近平として、恫喝は恫喝、本心は本心と使い分けているのかもしれませんが、これは本当に不自然です。それに、中国外務省の華春瑩報道官は2日、予想されるペロシ米下院議長の台湾訪問について、米国と連絡を取り合っていると述べました。
これは、結局米国のペロシ訪問を受けて、中国はこれに対して反対したり恫喝したりするものの、恫喝は恫喝であり、中国も本気ではないし、米国もそれを重々承知しているとみるのが妥当だと思います。
このうよな事実を見聞きしても、私自身はあまり不思議には感じませんが、これを不思議に感じる人も多いかもしれません。そうい人には、ある情報が欠けているのかもしれません。それは、中国は当然のことながら、米国でもあまり報道されませんので、仕方ないことなのかもしれません。
さらに一部を引用します。
ASW(Anti Submarine Warfarea:対潜戦)においては日米に著しく劣る中国海軍には、これに対抗する術はほとんどありません。中国軍は、米攻撃型原潜が台湾沖に恒常的に潜むことになり、米軍がそれを公表する事態になれば、第三次台湾海峡危機(1995年-1996年)において、米軍の空母に対応できず、軍事恫喝を継続することができなかったときのように、再度米国の攻撃型原潜に屈服することになります。
中国海軍は現在でも、世界トップ水準の能力を有する日米に対潜哨戒能力でかなり劣っており、台湾を巡って日米などに真っ向から海戦を挑めば、中国海軍は瓦解します。
このあたりは、ここでは詳細に説明していると長くなるので、この記事をご覧になってください。
中国は、米国等と本気で武力で正面衝突するつもりなどないのです。そうして、米中の真の戦いのフィールドは武器を使用しない「地政学的戦争」であり、表のドタバタに惑わされるべきではないのです。
米国としても、中国と武力で真正面から衝突すれば、米国は間違いなく一方的に勝利するでしょうが、それにしても、中国により、台湾や日本も攻撃されるでしょうし、最悪米国本土も核攻撃されかねません。だから、米国も中国との軍事衝突は避けたいのです。
この記事では、解説しませんでしたが、ではなぜペロシ訪問に対して、中国があのような苛烈ともいえるような軍事演習をしたかというと、それは米国や日本などに向けたものではなく、国内向けと考えるのが妥当です。
ペロシ訪台でも、習近平政権が何もしなければ、共産党内の他派閥から糾弾され、国民からも非難され、そうなると、習近平の統治の正当性が毀損されかねません。だからこそ、大演習をして、牽制したのです。中国という国は、元々、対外関係などより、自国の都合で動く国です。
しかし、これは一方では、日米などとの対立の激化をまねきかねません。だからこそ、わざわざ、訪台前日に習近平がわざわざ"台湾と香港の「心をつかめ」"と発言したり、ペロシが台湾を去ってから軍事演習を始めたり、米国の神経を逆撫でしかねない対潜水艦訓練は、演習の最終日に行うなどして、対立をの激化を招かないように配慮しているのです。
これと似たようなことは、経済面でもみられます。ここ数年、習近平が資本主義行き過ぎ一掃のキャンペーンを行っていますが、これも矛盾に満ちています。それについては、以前このブログで解説しました。その記事のリンクを以下に掲載します。
習近平の反資本主義が引き起こす大きな矛盾―【私の論評】習近平の行動は、さらに独裁体制を強め、制度疲労を起こした中共を生きながらえさせる弥縫策(゚д゚)!
詳細は、この記事をごらんいただくものとして、以下に一部を元記事より引用します。
習近平が展開している反資本主義キャンペーンは習政権の将来を左右するものだが、危険に満ちている、と10月2日付の英Economist誌の社説が論じている。
習近平が資本主義行き過ぎ一掃のキャンペーンを行っているが、その範囲と野心は壮大だ。2020年、当局がアリババ傘下のアント・グループの新規株式公開を阻んだのが最初で、以来、タクシー配車サービスDiDiは米国で株式を上場して罰せられ、巨額の負債を抱える恒大集団は債務不履行に追いやられつつある。暗号通貨による為替取引も、学習塾も、事実上禁じられた。
中国の路線変更は大きな問題であり、「毛沢東主義への回帰」とか「鄧小平路線の変更」というよりも、もっと細かく見ていく必要があります。ただ、習近平の今のやり方は中国経済にとってはよい結果をもたらさないということと、中国はますます独裁的な国になることは確かです。共産党と独裁には元々強い親和性があります。
しかし、国民の不満は爆発寸前です。私自身は、習近平の一連の行動は、結局のところさらに独裁体制を強め、国民の不満を弾圧して、制度疲労を起こした中国共産党を生きながらえさせるための弥縫策と見るのが正しい見方だと思います。実際は本当は、単純なことなのでしょうが、それを見透かされないように、習近平があがいているだけだと思います。
習近平に戦略や、主義主張、思想などがあり、それに基づいて動いていると思うから、矛盾に満ちていると思えるのですが、習近平が弥縫策を繰り返していると捉えれば単純です。2〜3年前までくらいは、戦略などもあったのでしょうが、現在は弥縫策とみるべきと思います。
今や習近平の戦略や、主義主張、思想などは、弥縫策であることを見破られないようにするためのツールに過ぎないのです。
一つだけ確かなのは、習近平は様々な弥縫策を打ち出し、さらに独裁体制を強め、制度疲労を起こした中共を生きながらえさせようとしているということです。習近平は、様々な弥縫策を繰り出し、自ら築いた体制、自分の地位の温存をするために、日々邁進しているともいえます。