秦剛氏 |
外相に任命される直前まで、秦氏は駐米大使を務めていたから、外相になって初めての電話会談相手が米国務長官であることは自然の成り行きとは言えるが、最大の友好国家であるロシア外相との電話会談をその後に回したことはやはり違和感を感じさせる。中国の外交姿勢に何かの変化が起きているのではないかと思いたくなるのである。
ロシア外相との会談が実現されたのは1月9日、米中外相電話会談から8日後のことだ。同じ9日に秦外相がパキスタン、韓国外相とも電話会談を行ったから、ロシアとの関係を「特別視しない」という中国側の姿勢はそこからも伺える。
そして中国外務省の公式発表では、秦外相は「予約(要請)に応じて」、ロシアのラブロフ外相との電話会談に臨んだという。それは要するに、「向こうからの要請がなかったら電話会談をやっていないかもしれない」ということを暗に示唆しているような表現であるが、わざと「要請されての電話会談」を強調するのにはやはり、ロシアとの距離感を示す狙いがあるのであろう。その一方、米国務長官との会談に関しては、中国側は「要請されて」との表現を使わなかった。
「3つのしない」とは
肝心の中露外相会談の中身となると、中国外務省の公式発表では、秦外相は電話の中で「中露関係の高レベルの発展」に意欲を示しておきながらも、「中露関係の成り立つ基礎」として、「同盟しない、対抗しない、第3国をターゲットとしない」という「3つのしない」方針を提示したという。
この「3つのしない」方針の意味合いを1つずつ考えてみると、「第3国をターゲットとしない」とは当然、アメリカ・EUの存在を強く意識したものであろう。つまり中国の新外相はここで、中露関係は決して欧米と対抗するための関係ではないことを、むしろ欧米に向かって表明したのである。
もう1つ、秦外相はロシアに対して「対抗しない」との方針を示したことも大変興味深い。本来、「対抗しない」云々というのは、対抗している国同士間で関係の改善を図る時に発する言葉であって、友好国家の間でこのような表現を使われることはまずない。
例えば日本の外相はあえて、米国国務長官や英国外相やフランス外相に向かって「対抗しない」と語るようなことは考えられない。親密関係の友好国同士の間に、「対抗する」ことは最初から想定されていないからである。
しかし中国の秦外相は、本来なら一番の友好国であるロシアの外相に対して「対抗しない」という言葉を何気なく使った。捉えるようによってそれは、ロシアとの今までの親密関係を頭から否定するような発言でもあれば、「中露は互いに対抗しなければこれで良い」という、中露観の親密さを打ち消すような「冷たい」言い方にもなっているのである。
そして「3つのしない」の一番目の「同盟しない」となると、要するに中国側は明確に、ロシアと同盟関係を結ぶ可能性を否定した訳である。
それまでは「無制限の関係強化」だった
しかし、秦外相が示した中国の対露外交の「3つのしない」方針は実は、2021年以来の習政権の進む対露外交方針からの大転換である。
それまでに、中国の外相や外交関係者は中露関係についてどう語ってきたのか。いくつかの実例をあげてみよう。
例えば2021年1月2日、王毅外相(当時)は人民日報からのインタビュー取材において、「中露間の戦略的協力は無止境、無禁区、無上限である」と述べ、中国はロシアとの間で軍事協力の強化や同盟関係の締結を含めた、全く無制限の関係強化に対して意欲を強く示した。
2020年10月23日、中国外務省趙立堅報道官(当時)は記者会見で、王外相と同じ表現を使って「中露協力は無止境、無禁区である」と語った。そして2022年10月4日、王外相は新華社通信のインタビュ取材で再び、「中露関係は無止境、無禁区、無上限」と強調した。
しかし、去年の年末に王外相が退任して前述の秦剛氏は新外相に就任した。そして、ロシア外相の初電話会談ではこの新外相の発する言葉から上述の「3つの無」は完全に消えた。その代わりに、秦外相はロシア側に提示したのは前述の「3つのしない」方針であるが、それはどう考えても、これまでの「3つの無」方針に対する明確な否定であって、習政権による対露外交方針の180度の大転換であると言っても過言ではない。
「3つの無」の「無止境・無禁区・無上限」が明らかに、軍事同盟を含めた同盟関係結成の可能性を強く示唆した表現であるのに対し、秦外相の「3つのしない」方針は真っ先に、ロシアと同盟する可能性を明確に否定した訳である。
「戦狼」報道官更迭もその一環
そしてその意味するところすなわち、習政権は今までの数年間の「連露抗米」戦略を放棄し、米国との関係改善を図る一方、ロシアとの親密関係を根本的に見なおす方針に転じたことである。
そう考えると、前駐米大使の秦剛氏を新外相に任命したのもまさにこのような外交方針転換の一環であって、そして秦氏は就任早々、一連の電話会談をもってこの新方針を実施に移し始めたと見て良い。
その一方、今までに中国の「戦狼外交」の顔一つとして傲慢姿勢を貫き、欧米では受けの悪い趙立堅報道官は、秦外相の就任直後に表舞台から異動させられたこともまた、こうした外交方針の転換の現れであると理解できよう。
このようにして中国の習政権は、対ウクライナ戦争で「負け馬」となって「世界の大国」の地位から転落したプーチンのロシアに見切りをつける一方、経済の立て直しのためには欧米との関係改善を図ろうとしていることは分かる。
欧米との関係改善は中国の思惑通りになるとは限らないが、中露関係は新しい局面を迎えようとしていることは確実であろう。
石 平(評論家)
プーチンが「戦争」を初めて認めた理由―【私の論評】戦争・コロナで弱体化する中露が強く結びつけは、和平は遠のく(゚д゚)!
30日、モスクワで、中国の習国家主席(左)とオンライン形式で会談するプーチン露大統領 |
この記事は、昨年12月30日のものです。詳細はこの記事をご覧いただくものとして、以下に一部を引用します。
プーチンと 習近平は30日、オンライン形式で会談しました。露大統領府によると、プーチン氏は会談の冒頭、習氏に訪露を招請し、来春のモスクワ訪問に向けて準備していることを明らかにしました。ウクライナ侵略後の米欧からの圧力に対し、中露の軍事協力の拡大で対抗する姿勢も強調しました。
さらにこの記事から引用します。
来年の4月頃には、このブログにも以前掲載したとおり、サマーズ氏が予告したように、中国は国内生産(GDP)で米国を追い越すと言われていた国とは思えないような国になっているでしょう。その頃には、中国の最大の課題はコロナ禍からの回復に絞られているはずです。
プーチンはこのことも理解していると思われます。にもかかわらす、来春に習の訪露を招請するのでしょうか。
コロナで弱りきった中国は、西側諸国のように同盟国は存在せず、しかも現状では西側諸国と対立しており、コロナ復興は自力で行わなければなりません。コロナ前の中国なら、先あげた二番目のシナリオで、和平どころか、プーチン大統領の説得にも動かず、現在のポジションを維持をする公算が高かったと考えられます。
しかし、弱りきった中国なら、ロシアにかなり接近してくる可能性は高まるでしょう。特に、エネルギーや食料に関しては、中国はロシアにかなり頼れそうです。ロシア側とすれば、中国に武器に関しては頼れそうです。両者の利益が合致して、なりふり構わず、両者のパートナーシップは強まり、同盟関係に近くなるかもしれません。結局、習近平はこうしたプーチンの意図を読み解いた上で、これは得策ではないと判断したのでしょう。
苦悩する習近平 AI画像 |
半導体などを外国から調達するのが困難となったため「ウラルワゴンザボード」と「チェリャビンスクトラクター工場」というロシア軍の戦車を生産する2大拠点が操業停止に追い込まれたとされています。
ロシアの戦車工場 |
そのためTSMCが米国などの意向を受けてロシアでの販売停止を決めたことが、大きな打撃になっています。
ただロシア軍は軍事用の半導体が入手できないことから、家電などで使われている民間の半導体を転用しているという指摘があります。
米国議会の公聴会の場でレモンド商務長官は、ウクライナ側からロシア軍の兵器には皿洗い機や冷蔵庫から取り出した半導体が搭載されていたと報告を受けたと発言していました。