拒絶された「小石河連合」
9月29日、自民党新総裁として岸田文雄氏が選出された。岸田氏の他に、河野氏、高市氏、野田氏が争った自民党総裁選は、1回目投票で、岸田氏は国会議員票146、党員党友票110の計256、河野氏はそれぞれ86、169の計255、高市氏はそれぞれ114、74の計188、野田氏はそれぞれ34、29の計63。決選投票は、岸田氏はそれぞれ249、8の計257、河野氏はそれぞれ131、39の計170だった。
事実上3候補の三つ巴戦だったが、政治的な立ち位置は、岸田氏が中庸、河野氏はやや左、高市氏はやや右だ。
小石河連合 |
党員党友の票数が物語るように、河野氏の人気が高かった。一方、国会議員票では、岸田氏が優勢だった。
細田派・麻生派への配慮が濃厚
(注)10月3日のNHK速報ベース |
岸田政権は、自民党内派閥では1991-93年の宮澤政権以来の宏池会の政権誕生だ。宏池会は、池田勇人元首相が作った派閥で官僚出身者が多い名門派閥だ。歴代会長から、池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一、そして今回の岸田文雄各氏が首相になった。このうち池田、大平、宮澤氏は財務(大蔵)官僚出身だ。
まるで左派政党のスローガン
今国会では、所信表明と代表質問だけを行い、その後に解散するというと見込まれている。その意味で、初入閣でも国会答弁をすることもないので、党主導で衆院選を戦うだけの「暫定政権」ともいえる。
組閣で、安倍晋三、麻生太郎氏に配慮し、党幹事長に甘利明氏がいるので、この3A(安倍、麻生、甘利各市)が岸田政権へ大きな影響力を持っているといえる。
そうした意味では、内政も外政も、安倍政権とそれほど大きな変更はないだろう。まさに、「安定」の岸田政権の真骨頂だ。それは、初入閣以外の大臣とその出身派閥をみるとわかる。財務大臣は鈴木俊一(麻生)、外務大臣は留任の茂木敏充(竹下)、経産大臣は横滑りの萩生田光一(細田)、国交大臣は斉藤鉄夫(公明)、防衛大臣は岸信夫(細田)、官房長官は松野博一(細田)、少子化担当大臣は野田聖子(無)。政治的な任用である国交大臣と少子化担当大臣を除くと、財務、外務、経産、防衛、官房長官という重要ポストに経験者をあて、そのほかは初入閣なのだ。
これの組閣人事の意味するところは、11月にも予定されている衆院選に自民党として全力で対応するが、新内閣での仕事は最低限にとどめ、選挙結果では再び組閣する構えなのだろう。
おそらく、先ほどの自民党総裁選で、議論を戦わせた高市氏らが各地の選挙戦に応援演説でかり出されるのだろう。
岸田氏は、小泉改革以降の新自由主義政策を転換するとし、分配を重視すると自民党総裁選で主張した。
ここだけ聞いていると、まるで左派政党のスローガンのようだ。
実際には、自民党なので、現状からの差異は必ずしも大きくない。当面の経済政策を考えると、菅政権の下で来年度概算要求は作られ、既に予算編成作業が行われている。
もっとリアルな議論を
甘利幹事長は、総選挙後に補正予算を出すと明言している。岸田氏は筆者との対談においても数十兆円規模の大型景気対策が必要との見解を述べていた。こうした中では、ブレーンとして財務省関係者が多くても、経済政策の幅は限られる。
もっとも、岸田氏は、「補正予算」とは言わずに「経済対策」と表現していた。元財務官僚からみれば、既存の予算の未消化分なのを活用し、いわゆる「真水」を少なくして、小さな「補正予算」で数十兆円の「経済対策」を作るのは比較的容易だ。
しかし、当面大規模な増税はやりにくいだろう。まして、11月にも総選挙を控えているという事情もあり、岸田氏も消費増税を当面考えないとしている。あるとすれば、例年行われる税制改正大綱の中での、金融所得課での増税策だろう。実際に市場は既に警戒している。
野党としてどう対処するのか。リベラル色としては似通ってくるのでやりにくいだろう。
立憲民主党は、さらにリベラル色を強めるために、所得1000万円以上無税、5%への消費減税を言い出した。その財源として金持ち所得税増税、大企業法人税増税だ。これは30兆円近い大増税になるので、とても経済がもたないだろう。まるで、政権を取る気がない共産主義スローガンのようだ。
安全保障では憲法9条さえ言えば日本が守れるという「お花畑論」だったが、経済政策まで、金持ち大企業への大増税という、現実無視の「夢物語」になってしまった。
野党に求められるのは、安全保障も経済ももっとリアルな議論である。リアルな議論にならないと、政権交代なんて誰も思わないし、何しろ政策議論に国民がそっぽを向いてしまい、国民への選択肢にならない。
髙橋 洋一(経済学者)
首相時代と違ってよほどのテーマでよほどの失言でもしない限り、明確な責任は生じないこともあり、一方で「3A」の1人として物事を動かす可能性がある立場=キャスティングボーダーになっているように見えました。そうして、前首相ながら、3Aと二階氏の対立という生々しい権力抗争のさなかにいたといえます。
対立や分裂を繰り返す野党とは異なり、数の力の意味を知る自民党は最終的にはまとまるのが文化です。3Aと二階氏の対立の動きは、自民党総裁選や衆院解散・総選挙が行われる今年秋に向けて、新しい政局的な流れを生むことになりそうな気配になっていました。
この対立は、菅総理が総裁選に出馬しないことを公表したことにより、すべてが白紙状態となり、総裁選で一気に表面化しました。そうして、この対立とは別に、小石河連合の動きがありましたが、これは安倍一強に不満をいだいていた一派の動きの一つでしょう。
菅政権が安定していなかったときには、表面化しなかったものが、菅政権の支持率が低迷し、菅総理が出馬しない、総裁選のガラガラポンで一気に表面化したものでしょう。
二階氏と3A対立は、3A側の勝利に終わり、二階派現在退潮ムードにあります。岸田新政権においては、閣僚は、環境大臣と、経済安全保障担当大臣の2名のみです。そうして、何といっても、党内人事では、甘利氏が幹事長になったことが、3Aの大勝利を雄弁に物語っています。小石河連合は、安倍元総理の努力により、結局自民党内の多くの議員によって拒絶されました。
そうして、この対立は角福戦争のような大きな抗争になることなく終焉しました。一歩間違えば、そうなった可能性もあります。これは、岸田政権にとっても良いことだと思います。3A、二階対立が長引けば、小石河連合が息を吹き替えしたり、そうではなくても似たような動きもでたかもしれません。岸田政権は難しい政権運営を迫られたはずです。しかし、このような動きは、見事封じられました。
これで、数の力の意味を知る自民党は最終的にはまとまり、衆院選を戦える状態になったと思います。自民党はこれで、次の衆院選で、少なくとも過半数を維持できる可能性が高まってきました。
岸田氏は先月8日の産経新聞のインタビューで、総裁任期中に憲法改正を目指すと強調。皇位継承は「『女系天皇』以外の方法で考えるべきだ」と明言しました。安全保障分野では弾道ミサイルを相手領域内で阻止する「敵基地攻撃能力」の保有を主張し、安倍氏と歩調を合わせていました。
岸田政権においては、安倍元総理が、これからもキャスティングボーダーとなり、様々なことに挑戦できます。安倍元総理は、総理だった時代より、より多くのことを成就できる機運が高まってきました。
安倍元総理、第一次政権が崩壊した後には、不死鳥のように蘇り長期政権を実現し、その後今度は自ら引退し現在はキャステングボードを握りました。只者ではありません。
「現行憲法の自主的改正」は結党以来の党是であり、安倍元総理の長年にわたる宿願でもあります。是非とも実現していただきたいものです。
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